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青春・恋愛・ユーモア・その他現代小説2007




虹色天気雨/大島真寿美          空中ブランコ/奥田英朗          東京公園/小路幸也

あなたにもできる悪いこと/平安寿子          ブラバン/津原泰水          奇跡の自転車/ロン・マクラーティ

太陽がイッパイいっぱい/三羽省吾          夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦



虹色天気雨/大島満寿美

 

語り手市子の友人である奈津が、「夫が蒸発して探しに行くから二日ほど娘の美月を預かってくれ」と子供を置いていったために、市子とその周辺の友人たちは奇妙なシーズンを過ごすことになる。やや生意気な子供に振り回されつつ暖かい視線を注ぐ大人たちは、かなり長い期間を友人として過ごしてきており、その関係を確認するための小説だったという感じだろうか。我ながらよく分からない(笑)。

児童文学では、非常識な大人と妙に律儀だったりしっかり者だったりする子供という対比がよくあるが、ここに登場する美月は、母親の友人たちをちゃん付けで呼んではばからない、可愛くも憎たらしくもある小娘だ。

市子の友人は、ゲイのデザイン事務所社長とか、物書きとか、店舗ディスプレイ責任者とか、元モデルの専業主婦とか、あまり堅気ではない職業の大人たちである。

美月の運動会の観覧に出かける場面では、これらの怪しい大人たちが盛り上がっており、何とも楽しい場面になっている。カメラマンが異様に張り切って作り上げたアルバムとビデオを後になって主人公が見る場面は、子供と関わった秋の日の楽しさが一気によみがえり、作中の白眉の感。

辻房恵という女が登場する。この仲間たちの一人がかつて結婚していた女性で「私を愛して」と全身で主張しまくっているようなところが嫌われるタイプであり、そこそこ自信のある男は「俺が守ってやる」と立候補しては敗退していく感じだが、この造形が非常に上手いと思う。同級生の元妻という辻房江と市子が、20年間もか細い縁でつながっているあたりも変にリアリティがあっておかしい。

思えば、バブル期のトレンディドラマはグループ交際がモチーフになっていたが、その連中が年を取り、多少は人生の労苦を噛みしめつつそれでも明るく健気に生きているという感じがしなくもない。









空中ブランコ/奥田英朗

 

無邪気、天真爛漫、天衣無縫、傍若無人で傍迷惑な中年精神科医伊良部と、彼のもとを訪れた患者のドタバタを描くユーモア小説連作。この作品で直木賞を受賞したはずだが、確かに面白かった。

相談に訪れるのは、腰が引けている空中ブランコ乗り、尖端恐怖症のやくざ、イップス( コントロールが利かなくなった状態)の三塁手、医学部長である義父のカツラを引きむしりたくてうずうずしている中堅医師、パターンが重複することを恐れるロマン小説の大家である。

それぞれ深刻な事情を抱えているのだが、患者を面白がり、弄んで喜ぶ伊良部のペースに巻きこまれていくうちに、何となく解決の糸口が見つかっていくのだった。ギリギリの状況に追い込まれたところで、何故か伊良部の行動がいい方向に働くのである(本人は本気で遊んでいるだけなのだが)。

何と言ってもドクター伊良部の造形が良い。アザラシのような巨体、子供のような身勝手さ、好奇心、いたずら好き、そして医師としてもそこそこ腕がよいらしく、実に笑わせてくれる。こういう、いざというときには力を発揮する三枚目ヘナチョコのほほんキャラは非常に好きだ。これは是非とも前編の「イン・ザ・プール」も読まねばなるまい。

ドラマ化された時には阿部寛が演じていたはずで、確かにハイテンションで傍迷惑キャラだけは似通っていたかもしれないが、アザラシのような巨体や子供のような無邪気さという点でやや違うような気がする。

イメージ的にはこぶ平(誰が正蔵などと呼ぶものか)が近いようにも思うが、あいつはお人好しのいじめられキャラのふりして実はこすっからそうだしなぁと思っていたら、本当にこすっからかった(笑)。

で、ここで思い浮かべたのがラテンパーカッション奏者のパラダイス山元氏である。巨体、様々な方面に才能を発揮するあふれんばかりの好奇心、天性の明るさなど、実に伊良部の特長を兼ね備えていると思うのだが・・・。

因みにマン盆栽家元の氏には私淑しているワタクシである(笑)。











東京公園/小路幸也

写真家志望の学生である主人公圭司は、公園を巡り、幸せそうな家族写真の撮影することをテーマにしているが、その過程で知り合ったエリート風のサラリーマン初島に、若く美しい妻の浮気が心配なので尾行して写真を撮って貰えないかと持ちかけられる。

そうして東京中の公園巡りをすることになった圭司であるが、対象の百合香さんは圭司に気づいている風でもあり、いつしか二人の間にはただならぬ雰囲気が流れ始める。ナイーブな圭司は写真の対象に入れ込みすぎるきらいがあり、何故分かっているのに百合香さんは怪しまないのか?という謎が生まれるのだった。

家族と故郷をモチーフにしたミステリーが得意な、いかにも作者らしい展開。圭司は子連れ同士の再婚の家庭で育っており、血の繋がらない家族との関係も暖かく描かれているが、そういう育ちもも家族写真に入れ込む要因になっている。東京に出てきている義姉咲実との関係はやや複雑で、幼なじみの富永(女)によれば、咲実は圭司を愛しているのだということになる。

「圭司くんを愛しているの。でも、それはダメなの。弟として出会ってしまった圭司くんを愛して一緒に人生を生きていくことはできない。だから、もう咲実さんはスパッとあきらめたと言うか、切り替えた。この先どんなことがあっても、圭司くんのことを弟として一生見守っていって、そして圭司くんではない他の人に出会って愛することを自分に課したの。もうそういう人が現れなかったら、圭司くんへの思いを胸に秘めたまま一人で生きていく」

「そうなんだからそうだと頷きなさい。そして圭司くんは咲実さんのその気持ちをしっかりと抱えて、そういう思いに感謝して生きていくの。生きなさい」と一方的に決めつける富永もそうとう風変わりだ(笑)。圭司とは、中学生の頃少しだけ付き合ったことがあり、その頃には繊細で可憐な女の子だったらしいが、強引でマイペースで、でも楽しい女性である。

そうして、みんなが圭司と百合香さんのことを心配しているうちに百合香さんの謎が明らかになっていく。幸福で、少し切なくて、やや楽園的で出来過ぎの感もある青春小説である。









あなたにもできる悪いこと/平安寿子

インチキな商品やサービスを売りつけて世を渡る詐欺師まがいのセールスマン檜垣と、無愛想で我がままで強欲な女・畑中里奈がコンビを組んで「地道なカツアゲ」に精を出すユーモラスな小悪党小説。ピカレスクロマン(悪漢小説)と言うほど大きな悪ではなく、とにかくセコ(笑)。

金が好きで、いい加減なものを口先三寸で売りつけるのが好きと言う檜垣だが、大きな金には縁がなく、裏で畑中里奈がネジを巻いても、一般人の懐からかすめ取るのは大きくても50万くらい。どこかお人好しの部分が見えて面白い。この二人にはこれくらいが身の丈に合っているのだろう。

畑中里奈の後ろにいる時任は檜垣の高校時代の友人で、M資金のようなどでかい金融詐欺に取り憑かれて身を滅ぼそうとしているが、こういう風にはなりたくないセコい二人なのである。

セクハラじじい、不倫教師、NPOを乗っ取って成り上がろうとしている善意の押し売りボランティア野郎(爽やかで熱意があって人たらしで独善的で、何となく野口健を思い浮かべてしまう(笑))、神懸かり少年の周囲の欲得、選挙がらみの利権など、善人ぶった一般人の隙を衝くセコいカツアゲが痛快だ。









ブラバン/津原泰水

1980年前後に高校生活を送ったブラスバンド団員たちの現在と回想をノスタルジックに綴っている。「スウィングガールズ」「ブラスバンドの旅」などによるブラバンブーム当て込みのような気もするが、それなりに面白かった。 多少なりとも高校時代にブラバンを経験しているので、楽器の名前を見ているだけで何がなし懐かしさを感じるものだ。

広島県内の高校のブラスバンドのOBたちの間で先輩の結婚式向けとして再結成の話が持ち上がり、酒場を経営する他片(たひら)がこの課程を語っていくのだが、楽しかった高校時代を回想するばかりでなく、現在の、年相応に苦労を背負っている状況をだぶらせることで、単なる「昔は良かったね」小説であることから免れている。「高校時代の回想は楽しすぎて、そこから帰ってこられないほどトリップしてしまうのを避けるために忘却というシステムがあるのではないか」という語り手の述懐が秀逸だ。

再結成を前にして事故死している皆元というOGのキャラが面白い。性格悪げで辛辣なのに、なぜか仲間から嫌われず、結構重きを置かれているのである。先輩二人に二股をかけて手玉にとった手口が凄い(笑)。ちなみに語り手の他片とは源平のかたき同士である。

作者は自分より3才下だから、ほぼ同年代の音楽を聴いていたことになる。このころの中高生にとって音楽は必須アイテムだったが、そのあたりの思い入れも懐かしかったりする。必死でエアチェックしていた習慣が、レンタルになり、昨今はダウンロードになってしまっいると思われるが、音楽に対する思い入れも同様にお手軽になってしまったんだろうかなぁ。

思えば、20年ほど前に「ノルウェイの森」が大当たりした頃、団塊世代の作家がこぞって「あの頃小説」を書いていたが、ちょうど自分や津原泰水などが昔を振り返る年代になっているんだろうなぁ。

この小説は現在の生活を重ねているから単なる「昔は良かったね」ではないのだが、現在の生活があるからこそなおさら「昔は良かったね」度が強まるのかもしれない。その辺、年代ごとにターゲットが絞れそうで、やや安易と言えば安易だろうか。












奇跡の自転車/ロン・マクラーティ

ロード・アイランド州のイースト・プロビデンスに暮らすスミシー・エイド(43才126kg)は、昼は単純作業に従事し、夜はビールとジャンクフードとテレビで過ごす自堕落な中年男である。

両親と別荘地で過ごして別れた後に両親は事故死、家に戻って荷物の整理を始めると、昔に失踪した姉の死亡届が届いていた。

己の中の声の命じるままに失踪や自傷行為を繰り返した美しい姉ベサニーの思い出と共に、かつて「走る子」と言われ、自転車が好きだった己を思い出し、スミシーは酔った勢いで、姉の遺体が保存されているロス・アンジェルス目指して子供の頃の自転車で走り出す。

無計画な旅に出てさまざまな人と出会うと同時に、美しい姉に振り回され、それでも幸福だった家庭を回想していく。4才年下の女の子ノーマはスミシーが好きでまとわりつくが、ティーンエージャーの男の子にはただ鬱陶しくて邪険にしたこと、ノーマが事故に遭って障害者になってからきちんと話せなくなり、三十年ぶりにまともな会話をしたことなど。

スミシーとノーマの交流が再開し、センチメンタルで心暖まる描写があるかと思うと、旅の途上、各地でホームレスと間違われて警官にぶちのめされたり、幼児虐待と間違われて撃たれたり(当たらず)、とんでもないトラブルにも巻き込まれたりする。

不良のボーイフレンドに性的な行為を迫られると、車のトランクに閉じこめて暴走するなどのベサニーの奇矯な振る舞いと合わせ、この物語には滑稽な悲劇性がある。これがもっと過激でグロテスクでドタバタになればジョン・アービングだろうが、あそこまで自虐的ではない。自転車で走る過程でぜい肉と共に余計なものをそぎ落とし、ノーマを愛するひとりの男として再生する素敵な中年小説なのだ。

この本が世に出たいきさつも面白い。役者でもあるらしい著者の、本にならなかった原稿が自演のオーディオブックとして出版、交通事故で静養中だったスティーブン・キングが聴いて絶賛し、読者を煽ってベストセラーにしてしまったそうだ。そしてついに書籍化されたと言うことだが、この過程も何やらドラマティックである。











太陽がイッパイいっぱい/三羽省吾

高額のアルバイト目当てで建設現場での労働を始め、仕事後のビールの美味さに取り憑かれてしまったがために大学を休んで型枠解体屋で働き続ける青年イズミを主人公にした青春小説。

猥雑でたくましい男たちのリアリティに打たれ、学生仲間が空っぽに見えてくるイズミであるが、最終的にはその脆さを衝かれていたりする。しかしまぁ、とりあえずは気の良い仲間たちとの関係が心地よい。

やくざ上がりで、人並み外れた身体能力を持つカン、容姿端麗な若者なのに、なぜか面白がって容姿不端麗な女性とくっつきたがる工藤、リストラ出向のまま現場に居着かざるを得なかったハカセ(病気の子供を抱えている)、現役の中卒不良ムラコシなど、相当に個性的な面々である。

やや理屈っぽいイズミにとって、この心地よい暮らしは甘えでありモラトリアムであることが明らかだが、そのことによって追い込まれることになる。このところをもう少し丹念に書き込んでくれれば、優れたガテン系青春小説になっただだろうに、これでは、「楽しかった現場の日々」で終わっていそうな気もする。単行本の漫画っぽいカバーイラストも内容を伝えていないように思うし・・・。でもまぁ痛快で面白かった。

この手のガテン系小説としては「居酒屋野郎ナニワブシ/秋山鉄」「鳶がクルリと/ヒキタクニオ」などが同様に面白かったように思うが、題材が特異なだけに、題材に寄りかかりがちのような気もする。




夜は短し歩けよ乙女/森見登美彦

クラブの後輩(黒髪の乙女)に思いを寄せる男と、黒髪の乙女が交互に語り手になりながら、妖しげな京都の町やキャンパスで繰り広げられる冒険をコミカルに描いたファンタジー風青春小説でもあろうか。何しろとらえどころがない(笑)。

黒髪の乙女は天真爛漫なお嬢様風の語り口だが、相当に素っ頓狂だ。まず酒豪である。そして親指を握り込んだ拳での「おともだちパンチ」を得意技にしているが、姉から伝授されたこの技には「愛」があるそうだ(笑)(因みに親指を外に出したパンチは相手の頬と自尊心を破壊して憎しみの連鎖を呼ぶ)。

黒髪の乙女に偶然を装って近づいても、爽やかに「奇遇ですね」とスルーされてしまう男は、下手すればストーカーだが、純情一途でもあり嫌らしさがない。あまりに彼女の後ろ姿を眺めすぎて「後ろ姿の権威」になっていたりもする(笑)。やや横柄な語り口は昔のバンカラ学生風であろうか。要するに男女のどちらもアナクロいのだが、それがおかしな風味にもなっているのである。

この二人が夜の先斗町を徘徊して奇態な人々に巡り会ったり、古本市でサディストの愛書家に我慢比べをさせられたり、学園祭(青春闇市とはよくも名付けたり(笑))のゲリラ演劇に巻き込まれたり、かなりのドタバタを展開してくれるのだが、このノリは映画「おかしなおかしな大追跡」を思わせた。

随所に登場する李白さんという老人が楽しい。屋上に古池と竹林を持つ三階建て電車に乗って移動する、金貸しで愛書家で愉快なサディストだが、黒髪の乙女にとっては偽電気ブランを供してくれるありがたいおじいさんなのだ。

更に、詭弁論部(両手を合わせて腰をくねらせる詭弁踊りの伝統を持つ。モチーフはウナギらしい)、韋駄天コタツ、閨房調査団(秘宝館のたぐいのコレクターである)、パンツ総番長(彼にも純愛エピソードがある)などの胡散臭くも魅力的ないかがわしい連中をちりばめて実に楽しいが、彼らは現代の京に巣喰う魑魅魍魎たちでもあろうか。森見作品は京大生徘徊小説の異名を取るらしいが、京大のキャンパスすら魔物の巣窟に思えて来るというものだ(笑)。

アナクロニズムかつ奇天烈なユーモアとギャグが楽しく、男女の純情もほの見える、一風変わった快作である。














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