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時代・歴史小説2007







銀閣建立/岩井三四二         桜花を見た/宇江佐真理         聞き屋与平/宇江佐真理

猿曳遁兵衛/逢坂剛         水滸伝/北方謙三         百日紅/杉浦日向子         家老脱藩/羽太雄平

鬼しぐれ/花家圭太郎          狐狸の恋/諸田玲子         応為坦坦録/山本昌代        

沙門空海唐の国にて鬼と宴す/夢枕獏



銀閣建立/岩井三四二

中世庶民の哀歓(時には苦衷)をモチーフとする小説が得意な著者が手がけたのは、銀閣寺建立に携わった番匠の物語である。

足利義政の隠居所を東山に造営することになり、公方御大工職の一家の嫡男・三郎右衛門は、久々の大仕事に腕が振るえると張り切っているが、幕府の権威は落ちているのに権力意識だけは強く、手続きの齟齬や材木の運搬から苦労することになる。

更には山荘造営のための税や人夫を無理矢理徴収したため、世間には怨嗟の声が満ちている。そういう不穏な社会情勢の中、権力者の身勝手さを充分に意識しながら、なお職人として建造物を後世に残したい三郎右衛門の意識が面白い。

上様は独特の美意識で我が儘な注文を付けてくるが、これに反発しながら、ある部分では美を鑑賞しうる者同士の共感があったりするのである。

三郎右衛門は、上様が何故墓地を整地してまで隠居所を作りたいのか不審に思っているが、ふとしたことから謎が解けて納得する。そうして少しだけ上様を蔑む。

「三郎右衛門は、じっと自分の手を見た。ごつごつと節くれだち、指は芋虫のように太い。爪も大きく厚く、ところどころ黒く色変わりしている。お世辞にも美しいとは言えない。だか、ここに極楽浄土はあるのだと言いたかった。仕事をする自分の手の内にあるのだと。」

この一節にすべてが込められている小説だと思う。











桜花を見た/宇江佐真理

 

短編と言うには長く、中編と言うにはやや短い五篇の小説を収めた時代小説集。

出色は何と言っても表題作「桜花(さくら)を見た」である。太物問屋に勤める手代・英助は常磐津の師匠の母親に育てられたててなし子だが、母親が病で亡くなる直前、おまえの父親は今をときめく遠山金四郎景元だから、15才になったら名乗り出るよう、証拠の品と共に言い残す。

父親のことを知りながらも何となく勇気が出ず、律儀に勤めていた英助だが、主の出戻りの娘・お久美との縁談が持ち上がり、勝ち気でしっかり者のお久美が何とかしてやろうと・・・。何とも暖かく切なく、また悲しい一編である。

「別れ雲」「酔ひもせず」は浮世絵師を題材にしたもの。「酔ひもせず」は葛飾北斎の娘・お栄と、北斎の弟子達との心の行く立てを描いている。参考文献として「百日紅(杉浦日向子)」が上がっているが、要するにキャラクターを流用した二次創作だろうか(笑)。

「夷酋列像」「シクシピリカ」函館出身の作者らしく、松前藩に材を取っていて、「憂き世店」と重なるような作品である。

このところの何作かの長編がさほど面白くなかった宇江佐真理だが、やはり短編の名手だなぁと思わせる傑作集だった。









聞き屋与平/宇江佐真理

 

薬種屋仁寿堂の隠居与平は、五と十の日に店の裏側に机と腰掛けを置いて人の話を聞く「聞き屋」をしている。話を聞くだけでアドバイスなどするわけではないが、それでも胸の内を語りたい人間は多いのである。語る人たちのドラマを主題にした連作なのだろうと思って読み始め、またその通りでもあるのだが、与平には暗い秘密があり、それが物語をミステリアスに盛り上げる。

仁寿堂は、与平の父親が、火事で潰れた奉公先の看板だけを受け継ぎ、独力で大きくした店である。潰れた店の主人の未亡人は他家へ後添いに入り、以後無関係を決め込んでいたが、大きくなった仁寿堂を見てやっかみ、ダニのような岡っ引きを焚きつけて、与平の罪をあぶりだそうと画策する。

ゆすり、たかり、女衒のような真似もする岡っ引き「鯰の長兵衛」が良い味を出している。親子二代で四十年間与平に執念深くまとわりついているのである。正義感ではなく、探索に携わる者の執念であろう。与平にとっては敵のはずなのだが、妙に認め合っている部分があったりして面白い。

聞き屋に話を打ち明ける人たちの挿話ももちろん興味深い。だらしない母親のために吉原に売られそうになった娘が最終的には与平の息子の嫁になる話、顔の痣を気にして嫁取りに二の足を踏む侍、恋しい女に会いたさにお縄になる盗賊など、苦みのある救済という感じだろうか。

このところの武家物何冊かはあまり頂けなかった宇江佐真理だが、今作はスパイスの利いたミステリアスな連作集でとても楽しめた。











猿曳遁兵衛/逢坂剛

若年ながら妙に世間ずれして、傲慢不遜、頭脳明晰で腕も立つ、火盗改め与力・近藤重蔵を主人公とする捕り物帖「重蔵始末」シリーズの第三弾。火盗改めと言えば、鬼の平蔵こと長谷川平蔵が長官を務める「鬼平犯科帳/池波正太郎」シリーズが有名で、名前だけちらりと登場しているが、明らかに「鬼平」を意識して書かれた物であろう。主人公の重蔵は、傲慢とは良いながら人情味もあって、なかなか読ませる連作集だ。

レギュラーの人物としては、同心の橋場余一郎、若党の根岸団平、飲み屋の夫婦・為吉とおえん、北町奉行所同心の小者であるくちなわの与平らが登場している。著者は元々ミステリー方面の作家だから、このあたりは、キャリアの切れ者警官、現場刑事、行情報屋と言った感じだろうか。

「突っ転がし」突っ転がしと言う、今で言えば引ったくりのような犯罪に橋場余一郎が行き合わせ、犯人の方は浪人者にとりおさえられる。被害者である信濃屋のおかみに恨みを持つ者の仕業らしいことが分かるが、犯人を泳がせると、更に押し込み強盗にまで行き着く筋立て。重蔵の感が冴える。

「鶴殺し」為吉とえんの夫婦が、えんの父親の墓参りに行った先で、瀕死の男に行き合う。暗号のような謎を残して男は死に、その謎を重蔵一党が解き明かすという、いかにもミステリー作家らしい一編。ここに登場するおりよという女賊が、重蔵につきまとって仇敵となる。

「猿曳遁兵衛」猿曳とは猿回しのことだろう。乗り合い船の中で侍と猿がいがみ合い、ついに猿が喉笛を食いちぎってしまったことで、猿と猿曳は川に逃げ込んでしまう。更に乗り合わせた按摩が同じような手口で殺される事件が起き、かつて盗人として名を馳せた猿曳遁兵衛が捜査線上に浮かぶことに・・・。偶然が重なりすぎる趣向や(笑)、重蔵の人情味など、一番「鬼平」に類似しているように思えた。

ほか「盤石の無念」「簪」。最終話「簪」の終盤は人情と哀切のからんだ一編であり、何か裏がありそうな気もして、次巻に期待がかかる。












水滸伝/北方謙三

 

以前に平凡社の東洋文学全集版を読んだことがあるが、北方版水滸伝は原点を大幅に組み替え、反体制勢力の組織的な戦いと挫折を描いている。全19巻を昨年末にやっと読了(ぜいぜい)。

東洋文学全集版では、梁山泊に集まった豪傑たちの活躍はそこそこ痛快だったが、結局は敗北で終わる結末だったし、花和尚・魯智深や九紋龍・史進などの描き方もただ単純に豪快なだけだったように思う。

が、北方版は、それぞれが心に傷を持っていたり、折れていたり、捻れていたりする男たちが理想を掲げて戦いに臨んでいく、切ない物語である。このあたりはハードボイルドで培った心理描写なのだろう。

腐敗した国を正すために集う反逆者の描き方は、革命を夢見た学生運動と明らかにダブらせている。一統が立ち上がる以前の梁山湖に籠もる叛徒・王倫は、正義を口にしながらそれ以上にはなれないでいるが、これは未だに活動を続ける過激派の比喩かとも思える。王倫の情報収集役である朱貴は、そんな己に忸怩たるものを覚えながら理想を持ち続けているが、まさに団塊世代の代弁ではないだろうか。


以下、印象に残った好漢を何人か。

禁軍の武術師範・王進は、禁軍改革を上申して高きゅう(きゅうの字が出ない(汗))ら上層部にうるさがられているが、粛正の手が迫っていることを豹子頭・林冲に教えられ逃亡する。革命運動には共鳴している王進だが、己の了見の狭さを知っており、武術にしか興味を持てないことを覚っているのだ。彼自身は武芸の求道者でしかありえないのだが、隠棲の地で、好漢達の教育者として助力することになる。

林冲も高きゅうにはめられ、陵辱された妻を自死させたことで牢内で苦悶するが、このあたりの葛藤が読みどころで、いかにもハードボイルドだ。後に送られた牢で、梁山泊のために変わり者の医師を伴って脱獄してくるが、この安道全という凄腕の医師も怪人物である。病人を診ていられれば満足という変わり者で、それが牢内であろうと構わないのである。これをスカウトしてくるのが林冲の任務だったが、妙な男なりに友情を知り、雪中の逃走劇となる。

花和尚魯智深というのも大変に興味深い人物である。原典では、魯智深は暴れ者の生臭坊主という印象しかないが、本作では、豪傑でありながらひとの気持ちが分かる繊細な人間として描かれている。梁山泊本体には加わらず、各地を放浪しながらこれと目を付けた好漢たちをスカウトしているのは、いわゆる「オルグる」というやつだろうか。女真族の地で幽閉された魯智深は、彼を慕う山塞の頭目の活躍で無事脱出するが、負傷し化膿した腕を切り落とすことになる。そして魯智深の名を捨て、魯達となって再び暗躍するのだが、汚れ役も引き受け、優しさも強さもしたたかさも併せ持つ、非常に魅力的なキャラクターだ。

原典にはなかったらしい青蓮寺という組織が登場する。袁明が支配する諜報・特殊工作集団で、袁明自身は腐敗とは無縁の人物だが、帝を中心としたこの国の体制を維持したいと考え、叛乱の芽を潰そうとしているのである。学生運動における公安警察・機動隊であろう。軍を腐敗させておくのも、妙に清廉な将校がクーデターを起こさないようにという考えなのだ。この人物も深みがあって面白い。

そして一番のお気に入りは黒旋風李逵である。子供のようにまっすぐな心情の持ち主ながら板斧を使えば無敵の強さを誇り、純粋な凶暴さを持っている。母親をいたわりながら生きてきて、梁山泊一統と知り合ってからは、頭領である宋江を父のように慕っているし、魯智深は大兄貴なのであるが、頑是ない子供のような純真さが微笑ましいのである。

現在、楊令という少年が志を継ぐ「楊令伝」という続編が書かれているらしい。宋建国に功績のあった軍閥楊家の血を引く楊志に育てられた楊令は、二度の親の死を目前にしたせいで利発な少年ながらいささかいびつに育っている。楊令を心配した梁山泊の大人たちが王進に預けるのだが、王進のもとでのびのびと天凛を開花させた楊令は、武芸者としても武将としても卓越し、今後の活躍を予感させている。

それにしても、毎回ごとに主要な役回りを担う人物を登場させ、それぞれの見せ場を演出し、よく百数十人の登場人物を描けだものだと思う。大作だった・・・。


現在「中国の大盗賊/高島俊男」という中国文学者によるエッセイを読んでいるのだが、ここで言う盗賊とは単なる盗人ではなく、「官に逆らう武装集団」のことだそうだ。組織だって反体制活動を展開する梁山泊などまさに盗賊だが、北方版の梁山泊はいくつかの町を統治し、戦闘能力と共に行政能力を持っているあたりが単なる暴徒と異なるのだろう。中東のイスラム反政府組織などにも似たようなものを感じるのだが・・・。


ところで、「三国演義」「水滸伝」「西遊記」「金瓶梅」「紅楼夢」が中国五大長編小説だそうで、五作とも読破した人間はなかなかいないのではないかと最近の新聞で読んだ。「三国志/北方謙三」「水滸伝/北方謙三」「西遊記/平凡社東洋文学全集版」はやっと読破したので、残りは二作だが、ドロドロしていそうな「金瓶梅」は手が出しにくいし、「紅楼夢」に至っては内容すら知らない。やはり五作読破は大変そうだ・・・(笑)。










百日紅/杉浦日向子

葛飾北斎、娘お栄、居候の善次郎(後の渓斎栄泉)らを主人公に、彼らに起こるさまざま出来事を江戸情緒たっぷりに描いた女史の代表作。

飄々として頑固でへそ曲がりな北斎、不愛想でぶっきらぼうで真っ直ぐで、父親を鉄蔵(北斎の名)呼ばわりしてはばからない、絵の腕があるお栄、未だ芽が出ない遊び人の善次郎と、それぞれのキャラクターが楽しく、また絵師の業のようなものも感じさせている。脳天気で朴訥な歌川国直、小僧の癖に何故か傲慢に見える後の国芳などのサブキャラも楽しい。

本当はもっとしっとりと情緒的な漫画だと思っていたのだが、ギャグをからめてコミカルで楽しかったり、ホラー的な要素もあったり、ほわっとした幸福感があったり、人情話でホロリとさせたり、ぞくぞくするほどとてもエロティックだったり(北斎の女弟子とすっぽんとエロスと「くすくす」の取り合わせのいやらしさ!)、さまざまな側面を持つコミックだった。

また、武家に養子に入った朴念仁の弟崎十郎に「またからかわれにおいで」と声を掛けたり、病弱な妹・猶と母親と川の字になって寝る時の妙に嬉しそうな表情「うふふ」など、お栄が弟妹に見せる情愛が心地よい。

気を入れて書いている部分、わざと茶化して力を抜いている描写の落差も面白い。わざと力を抜いた部分に、何がなし幸福感が漂うのである。こういう表情は吉田秋生の影響を受けているような気がするが、いかがだろう。

背景や着物の柄がとても細密な割りに人の顔などはシンプルな線で表していて、だからこそ深い真情が表現されるのかもしれない。時によってはとても色っぽかったりする。背景などの細密さは、江戸名所図会などを意識したものだろうか。体をこわして「隠居」したのは、体力的にこういう絵が描けなくなったからかもなんだろうかなぁと考えたりする。












家老脱藩   与一郎、江戸を行く/羽太雄平

 

「峠越え」「新任家老与一郎(されど道半ば改題)」に続く作品。在地領主が新しく入ってきた藩主に臣従し、家柄家老という特殊職を受け継いでいる榎戸家の嫡子で、剣術の腕もある与一郎を主人公としたシリーズの三作目である。

曲者で食えない父親、才気あふれるあまり策におぼれる質の藩主(養子)、伊勢党、三河衆、関東衆などの派閥がある複雑な藩内政治に翻弄されつつ、のほほんとしながらも頑固な一途さで末席家老を勤めてきた与一郎だが、側室に上がった姉の死の衝撃からアルコール依存症に陥っている。

その治療と、藩主側室の斡旋のために江戸へやられた与一郎は、またしても派閥抗争に巻き込まれ、護衛役の奥山左十郎に匿われて身を隠す羽目になる。その間に敵方が藩主に讒訴をし、ついに上意討ちを向けられることに・・・。

巻き込まれ型冒険小説の手法でもあるだろうか。とにかく踏んだり蹴ったりの与一郎だが、とある女性と恋仲になると言う役得もある(笑)。私領である榎戸郷民から出ている元目付役・奥山左十郎との間柄も面白い。腕が立って皮肉屋で、多少馬鹿にしつつも与一郎のことを心配し、酒毒に冒されているのを必死で介抱するのである。

危機に陥った与一郎と榎戸家だが、最後にとんでもない荒技を敢行する。さすが「本多の狐」という伝奇物で時代小説大賞を受賞した作者だけに、こういう伏線を仕込んでいたのだ。展開に無理が感じられないこともないが、敵とも味方とも付かない御庭番とのやりとりや決死の立ち会いの場面もあり、スリリングでエキサイティングでまずは面白かった。









鬼しぐれ 花の小十郎はぐれ剣/花家圭太郎

 

戸沢小十郎は戦国の気風を残す傾き者の生き残りである。腕は柳生宗家に引けを取らぬほどに立ち、口は嘘・出任せを言わせれば天下一品。度胸も器量も大きく、羽州佐竹家に籍を置きながら、大御所秀忠の囲碁指南番を務め、時の老中土井利勝の元には出入り勝手という桁外れな小十郎の活躍を描いたユーモア痛快時代小説「花の小十郎シリーズ」の、「暴れ影法師―花の小十郎見参」「荒舞―花の小十郎始末」「乱舞―花の小十郎京はぐれ」に続く第四弾である。

三代将軍家光は、このシリーズではすでに我が儘で癇性のバカ殿として登場しているが、弟・駿河大納言忠長との確執いよいよ激しく、父秀忠にとっては悩みの種である。利勝と二人三脚で二代目を全うした秀忠が身罷り、たがの外れた家光は、忠長と、かつて自分をバカ殿呼ばわりした小十郎を不倶戴天の敵と見なして柳生をけしかけ、柳生は佐竹をつついて小十郎を葬ろうとする。隆慶一郎の諸作品では二代秀忠が陰険な策謀家で、柳生宗矩と組んで悪辣なことをやっていたが、本作はそれが家光に変わった感じである(笑)。

バカ殿なりに道理を説けば通じると思っている土井利勝や松平信綱、沢庵和尚などが何とか家光を善導しようとしているが、小十郎は「バカを利口者として扱うのは間違っている。」と、幕府と将軍相手に胸透く大喧嘩を仕掛ける。喧嘩屋の面目躍如である。

何と言っても飄々とした小十郎がこのシリーズの魅力だ。ほら吹きで喧嘩好きで、いい加減のように見えるが意地と筋を通すためには命も懸ける、けどれもやさしいお人好しでもあり、何とも気持ちよい。

何となくシリーズ終わりの感があるが、是非続けて欲しいものだ。










狐狸の恋/諸田玲子

 

、隠密密偵も兼ねるようなお鳥見役という下級役人の矢島家の跡取り娘であり、夫の留守をしっかりと守ってきた珠代を主人公に、家庭内外の様々なしがらみを描くお鳥見女房シリーズの4作目。

密偵の任務で心身ボロボロになって帰ってきた夫伴之助も落ち着きを取り戻し、やや平穏な風が見えてきた矢島家では、お鳥見役見習いに上がった長男久太郎が鷹匠の横暴を査察する役目を仰せつかり、無体な鷹匠にいじめられる村人を助けてみせる。次男の久之助に比べて温厚だと思われていた久太郎だが、熱い正義感が心地よく描かれている。

因みに以前に縁談のあった鷹姫(水野越前守忠邦の鷹匠の娘)は、権力にすり寄るのが嫌さに拒絶したが、実は憎からず思っており、鷹姫の父親を抱える水野忠邦が失脚したために却って嫁に迎えたいという気持ちが強くなっている。七面倒くさい事情のある縁談だが・・・。

久之助は、祖父が密偵任務に出た際に因縁のあった娘と相思の仲になっており、これもやや多難。珠世にとっては子供の成長が嬉しかったり寂しかったりする昨今である。

かつては矢島家の居候だった飯塚家の次男・源次郎の焦りを描いた一編や、愛想の良さとは裏腹の腹黒さを描いた一編など、今回も情緒ある江戸の四季を背景にしみじみと読ませる連作だった。









応為坦坦録/山本昌代

葛飾北斎の娘・お栄を主人公に、奇天烈な親子の日常を描いた時代小説。北斎及び「百日紅/杉浦日向子女史」ファンの長尾武之介さんに教えてもらったもので、見事に百日紅な感じだ。

父親を鉄蔵呼ばわりする破天荒な娘は、父親北斎からオーイとしか呼ばれないので「応為」という画号を用いている。無愛想でぶっきらぼうで気まぐれで、絵師の才はあるものの父親をなかなか越えられないでいるお栄だが、それで焦るでもなく、父親の代作をしながら日々を凌いでいる。

わじるし(笑い絵=春画)嫌いの北斎の代作に、新味を出そうとして兄弟子を吉原に連れて行ってコトを覗こうとしたり、彫り物に入れ込み、百文持って彫物師を訪れ竜の目玉だけ書いてもらったり、その奇行ぶりがとにかくおかしい。

北斎を贔屓にする老人との会話なども、本人たちは大まじめなのに妙に滑稽で、やや突き放したような作者の視点と共に、楽しいような寂しいような、不思議な印象を抱かせる。ユーモア時代小説を狙ったわけではなく、登場人物たちが奇天烈過ぎるのだろう。












沙門空海唐の国にて鬼と宴す(全四巻)/夢枕獏

留学僧として唐に派遣された空海が出会う怪異を描いた時代伝奇巨編。橘逸勢という儒生が相棒であり、このあたりは陰陽師シリーズ同様、シャーロック・ホームズとワトソンの間柄だ。

妙に老成していて度量が大きい空海のキャラが面白いが、やや自己満足の気味が見えるあたり、本家本元のホームズに通じる部分がある。ちょっとした怪異の解決に「さて皆さん」をやらかすあたりも本歌取りか(笑)。

猫の妖物に取り憑かれた家の怪異をどう裁くというのが発端で、ペルシャの幻術やら、楊貴妃を巡る陰謀やらが絡み、壮大な展開の物語である。 時代伝奇小説の形をとっているが、実は過去の因縁に縛られた事件を空海探偵が解き明かす、時代ハードボイルドと言っても良いのではないだろうか。

玄宗を巡る過去と現在が交錯し、妖しくも耽美的な物語が展開され、三巻の最終あたりでの高力士(玄宗の側近である宦官)による告白が場を盛り上げる。何か時代離れした翻訳小説の告白場面のような文体が、奇妙な効果を上げている。

謎を解き明かし、事態を終息させて、すべての密を習得した空海は、唐の人々に鮮やかな印象を残しながら日本へ帰ろうとするが、置いて行かれて困るのは橘逸勢だ。プライドの高い貴公子であるが、妙に好人物で、空海にとっても「常識」を見せてくれる良き友なのだろう。

異郷におけるこの二人の友情も本書の読みどころで、能力的にすでに出来上がっている空海と、凡人逸勢の対比の面白さがある。何となく空海=海老蔵、逸勢=染五郎というイメージがあるのだが、どうだろうか。











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