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ミステリー・サスペンス・冒険小説レビュー2008





異界/鳥飼杏宇NEW

怪盗タナーは眠らない/ローレンス・ブロック

カワセミの森で/芦原すなお

午前3時のルースター

サクリファイス/近藤史恵

夜が終わる場所/クレイグ・ホールデン



異界/鳥飼否宇
9/12

那智勝浦を舞台に、ある医師一家を襲う不気味な事件の解決に南方熊楠が挑むという熊野伝奇ミステリー。生と死を豊饒に抱え込む熊野の地は元から好きな場所だし、更に異形扱いされるサンカが絡むとなればこれはもうたまらない設定だ。

産科も兼業する医院から生まれたばかりの赤ん坊がさらわれるが、医師は妙にかたくなに子供の身元を隠そうとしているし、更にはサンカと思しき犯人を追っていった長男も行方不明になってしまう。

図らずも事件に関わってしまう熊楠だが、子分との関係が面白い。作り酒屋の息子で、好色な父親に複雑な勘定を向けている福田太一は熊楠の子分となっているが、、あんぽんたん→あんぽん太一→あんぽん日本一→あんぽん東洋一と師匠に罵倒され続けることになる。

このあたりは笑いを誘うが、おどろおどろしい悲劇とはやや不似合いの感じもする。事件のどんでん返しはなかなか読ませたが、ミステリー部分と熊野伝奇部分が乖離しているようで、「異界」というタイトルほどの強烈な印象は受けない。



サクリファイス/近藤史恵
9/2

自転車ロードレースチーム内の事故の真相を追う青春ミステリー。

主人公の白石誓(ちか)は、かつては将来を嘱望された陸上選手だったが、結果ばかりを追いかける周囲の期待が嫌になり、エースを優勝させるための踏み台の立場もある自転車競技に魅了されて転向する。

自転車でも頭角を現した誓は、日本でも有数のチームであるチーム・オッジに所属し、踏み台としてのアシストの立場を楽しんでいるが、チームのエースの石尾にまつわる暗い噂、エース候補である伊庭の狷介さ傲慢さなども描かれ、スリリングな冒頭だ。駆け引きやチームワークなしには成立しない自転車競技の面白さもよく描かれている。

かつてのライバル候補を事故を装って潰したと噂のある石尾は、アシストとしての誓を使い捨てにしているように見えるが、自分の勝利が、踏み台にしてきたアシストたちの勝利でもあることをよく認識しており、その紐帯が苦く美しい。このあたり、登山隊のサポート隊とアタック隊に似ているようだ。

チーム・オッジが参加したヨーロッパのレースで大事故が起こり、その真相を誓が暴いていくあたりでミステリーになるが、サスペンスたっぷりで楽しませる。石尾のプライドも美しい。平行してかつての誓の恋人への思いも描かれているが、これはちょっと浅かったような気がする。



快盗タナーは眠らない/ローレンス・ブロック
8/25

元アルコール中毒の探偵が己と闘いながら事件と対峙するマット・スカダーシリーズや、泥棒と古本屋を兼業するバーニーが活躍する軽妙なシリーズなどで人気のあるローレンス・ブロックだが、60年代に執筆していた軽スパイ物が今頃になって翻訳されたそうだ。

主人公エヴァン・タナーは朝鮮戦争で頭部に被弾し、以来眠れなくなってしまっているが、眠れない時間を学習に活かし、さまざまな言語を操れるようになっている。

ガールフレンドの祖母(トルコを追われたアルメニア人)から、迫害されたアルメニア人が隠した金貨のことを聞きつけたタナーはトルコで一攫千金を狙うが、趣味で様々な団体(各国の反政府組織も多数)に名を連ねていることからスパイと疑われ、トルコ入国後即座に身柄を抑えられてしまう。強制退去となったタナーは乗り換えのアイルランドで逃亡、様々な反政府組織に渡りをつけ、ここにドタバタスパイ活劇の幕が開くのであった。

あちこちで騒ぎを起こしては手配され、どんどん追跡者が多くなるあたりは映画ブルース・ブラザースを思わせる。冷戦下でもあり、東欧圏で民族蜂起を引き起こしたり、東西両陣営からスパイとして名指しされたり、かなりド派手な展開なのだ。終結の仕方がやや物足りない感もあるが、あまりシリアスではない冒険ものとして面白かった。続刊があるなら読みたいものだ。




午前3時のルースター/垣根涼介
08/04

旅行会社勤務の長瀬に、中堅企業のオーナー社長から、孫の慎一郎のベトナムへの旅に個人的に添乗してくれないかという依頼がある。慎一郎の父親(社長の娘婿)は新規工場開発の為にベトナムで奔走していて行方不明になっているが、テレビのドキュメンタリーに父親が映っていることを発見した慎一郎が、父が何故家族の前から姿を消したのかを問いただしたいと思っているのである。

慎一郎は複雑な家庭環境を冷静な目で観察している怜悧で大人びた少年であり、慎一郎に妙に絆(ほだ)されてしまった長瀬だが、長瀬の変わり者の友人源内も同様で、若くして親の保険金が入って小金持ちである源内までベトナムに同行してしまう。

一癖も二癖もある長瀬と源内は、お互いに認め合っているものの、小憎らしいことを言い合う仲でもあり、この友情もなかなか楽しい。ネオハードボイルド以降、腕っ節の立つ相棒というのがよく登場するが、源内も空手三段の腕前で、かつ高等遊民というあたりもネオハードボイルド的である。

父親が写っていたというドキュメンタリーを取材したスタッフから妨害があったことを聞いていた一行だが、ベトナムに入国すると、予約は取り消されているわ、おかしな輩に襲撃されるわ、やはりトラブルが待ちかまえている。長瀬は運転手とガイドを雇い、そしてベトナムでの活劇が始まるのだ。

妨害の出所の推測が付きやすいので、ミステリーとしては弱いと思うが、様々な組織と渡り合い、戦い、そして真相にたどり着こうとする長瀬たちの活躍が読ませる。慎一郎も健気だし、やはりこういう濃密な人間関係の描き方はいいなぁ。大傑作「ワイルド・ソウル」同様、スピード感あふれる展開とほろりとさせる人間関係とカタルシス、これが垣根作品の本領だと思う。

カワセミの森で/芦原すなお
08/05/28

「山桃寺まえみち」の主人公ミラちゃんが高校生時代に遭遇した連続殺人を顛末を描く青春ミステリー。ポプラ社のヤングアダルト向けミステリー叢書「ミステリーYA!」の一冊。この作者は、「青春デンデケデケデケデケ」で直木賞を受賞しており、青春小説や少年小説の書き手だと思っていたが、最近は何冊もミステリーを出しているようだ。

父親が出奔した後、母が地道な公務員と再婚し、複雑ではあるがさほど不幸でもない生い立ちをした桑山ミラは、妙に年寄り臭い話し方をするおやじ少女である。大人びて、冷静で、ややひねくれていてなかなか素敵なキャラだが、とある財閥の令嬢サギリがミラに憧れて転校してきてしまうと言うのが話の発端である。

不思議な力で財力を得たとされるサギリの先祖には、百年後には借りを返さなければならないと言う契約があり、更にサギリ自身にもサイコホラーな性情があり、サギリの母は継母であり、という、なかなかゴシックホラーな展開だが、ミラのキャラがキャラなので、物語はユーモラスに進んでいく。夏休みにミラが招待された別荘で連続殺人が起こるという、これもある意味正統な筋運びである。

全体的にはポップな筋運びだが、一家を覆う陰謀が明らかになる展開だけはやや暗鬱だ。エンディングが切ないなぁ。

それにしても、読みどころを書いてはいけないのだから、ミステリーの紹介は難しい・・・(笑)。



夜が終わる場所/クレイグ・ホールデン

「リバー・ソロー」など、思索的な文学ミステリーで人気の作者による警察小説。

アメリカ中西部の町で、タマラという少女が失踪した。語り手であるマックス・スタイナーは、相棒のバンク・アルバーと捜査に当たるが、バンクには、数年前に義理の娘ジェイミーが失踪しているという過去があり、その状況とクロスさせながら、緻密な捜索劇が展開され。

ミステリーの筋立てとしてはさほど新味はない。ありがちなパターンだと思うが、読みどころは人間関係の濃密な描写だ。マックスにとってバンクは単なる相棒ではなく、いじめられっ子だった小学生時代に守ってくれた頼りになる友人であり、更には警察官への転身を勧めてくれたおかげで現在のマックスがある。警官としても有能なバンクは、娘の失踪劇以後、ヒーローとしてマスコミに採り上げられるような名物になっているのだ。

自分たちの過去や友情、ジェイミー失踪時の焦燥、現れてくる事情、マックスの家庭内の苦悩などが緻密に語られ、重厚さを持たせる。バンクの元妻サラでさえバンクを憎んでおらず、この人間関係の重厚さが読みどころの文学ハードボイルドだ。  














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