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エッセイ・ノンフィクション・その他ブックレビュー2008








アジアパー伝/鴨志田穣・西原理恵子
新日本妖怪巡礼団怪奇の国ニッポン/荒俣宏
ただマイヨ・ジョームのためでなく/ランス・アームストロング
チャーリーとの旅/ジョン・スタインベック
東京日記/川上弘美 NEW






卵一個ぶんのお祝い。(東京日記) /川上弘美
10/06

雑誌「東京人」の連載。  

日常におけるやや突拍子もないことを短文にまとめているが、5分の4は本当のことだそうである(笑)。小説の、本筋とは関係ない寓話的部分を抜き出したような感じだが、それだけで掌編小説にもなっている。

歩道橋の上で出会った知人に声をかけると逃げていく。「どうして逃げるの〜」と聞くと「夏のおわりはさみしいですからー」。コミカルで切なくて愛おしくて少し幸福な日々、という感じだろうか。






ほかに踊りを知らない。(東京日記2)/川上弘美
10/06

日記エッセイ「東京日記」の第二弾で。おかしさ、シュールさ、切なさに磨きがかかり、吹き出してしまう描写も多々。短い数行にズバッとドラマを込めるあたり、やはり手練れだ(笑)。

著者の母親が「私は京都の筍をあんたに何本送ろうとしているでしょう。正解できなければ送らない」などという電話がかかってきたり、ファックスの前で踊って見せたり、階段ですれ違う赤ちゃんが赤ちゃんでなくなっていくところを嘆いたり、実に楽しい。あっという間に読める。













ただマイヨ・ジョームのためでなく/ランス・アームストロング
07/15

ツール・ド・フランス(http://ja.wikipedia.org/wiki/ツール・ド・フランス)で未踏の7年連続総合優勝の偉業を成し遂げたランス・アームストロングの自伝であり、闘病記であり、ツール・ド・フランス挑戦の記録である(クレジットの著者名にはLance Armstrong wiht Sally Jenkinsとあるので、聞き書き構成なのかもしれない)。

因みにマイヨ・ジョーヌとは、ツール・ド・フランスの競技中に総合1位の選手がまとう黄色のジャージである。原題がIt's Not About the Bike(自転車に関するものではない)なので、ツール・ド・フランスのことを書いたものではないことを意訳したのだろうが、どうも原題からくらべて情緒的過ぎるような・・・(笑)。

シングルマザーである母が17歳の時に生まれたランスは、あまり恵まれた環境にはなかったようだが、母の愛情はたっぷりとあり、寄り添うように成長してきたようだ。常に母親への賛美が羅列されていて、ややマザコンかとも思える。

恵まれた体力に物を言わせてトライアスロンで賞金稼ぎをするようになり、自転車競技の道へ進むが、パワーで押しまくるだけの自信過剰な若造であり(このあたり、テニスのマッケンローを思わせた)、高等な戦術や駆け引きが重要な自転車競技の世界では異端の存在だったようだ。

世界選手権で優勝するなど、徐々にステップアップして行った矢先、21歳で癌を発病。睾丸から肺、脳へ転移しており、生存率20%以下と言われながら、手術とのその後の過酷な化学療法に耐え抜く。そして厳しいトレーニングの末のツール・ド・フランス総合優勝への過程がスリリングに綴られている。

全体の筆致が自己憐憫と自己陶酔になっており、筋肉賛美の自意識過剰男という感じがしないでもない。癌の発表以後に契約を打ち切ってきたチームを批判的に述懐しているところなどは、そんなの当たり前じゃないかと思うのだが、自転車競技の描写はやはり迫力があって読み応え十分だ。スポーツ競技を描いた物は、読者がその競技を行っているかのように錯覚させるかどうかがポイントだと思うのだが、自転車のスピードと駆け引きを堪能させてくれた。

アームストロングは、癌になったことが自分にとってはプラスだったとしており、確かに精神的に成長するなど、利点はあったのかもしれないが、驚異的な体力で生還できたからこその弁であり、あからさまな自己肯定には鼻白む。俳優のマイケル・J・フォックスも著書「ラッキー・マン」で、パーキンソン病になって自分の人生を見つめ直せてラッキーだったと書いているが、それは二人とも無事に生きていられるからだろう。

ただ、この二人ともに基金を設立して研究援助を行っているようだが、社会貢献活動はアメリカのノブレス・オブリージュ(http://ja.wikipedia.org/wiki/ノブレス・オブリージュ)という感があり、これは日本人も見習うべきだと思う。

臆面のない自己賛美の書ではあるが、癌闘病の凄まじさと自転車レースの面白さと、二つながらに迫力のある描写が続き、優れたノンフィクションだった。











新日本妖怪巡礼団  怪奇の国ニッポン/荒俣宏
08/05/12

博覧強記の怪奇マニアが、好奇心のままに怪奇を求めて日本中をルポして歩いた記録。週刊プレイボーイに連載されたものなので堅苦しさはなく、気楽な探訪ルポだが、妖怪・珍奇・稗史好きにとっては何ともたまらない内容である。

新日本妖怪巡礼団一行は、江戸の妖怪研究家・平田篤胤を先達とし、天狗小僧寅吉から稲生物怪録まで彼の事跡を巡り歩いて広島まで足を伸ばす。平田篤胤は桓武平氏の末裔であり、平将門公を祖先として敬愛していた、などという話も初めて目にするが、稲生物怪録の逸話が何とも奇天烈だ。

広島藩の武家の少年稲生平太郎が、百物語の末に現れた妖怪とひと月の間戦った記録なのだと言うが、三十数年後、江戸詰になった元稲生少年の話が藩の江戸屋敷から漏れ、江戸中でブームになったというのだから、今も昔もホラー好きな国民性は変わらない(笑)。稲生物怪録」は、数年前に現代の妖怪マニアたちによって現代語訳されて出版されているが、確かこの中にもアラマタ団長がいたはずだ。

そのほか、龍神・蛇神と暴れ川の関連を考察し、まか不思議な遺跡や建造物を訪ね、人魚や河童のミイラの出所を推理して、物好きにはたまらない探訪ルポである。













アジアパー伝/西原理恵子・鴨志田穣

若い頃に東南アジアでフォト・ジャーナリスト放浪暮らしをしていた夫が思い出を語り、鬼才漫画家の妻が夫を肴にして思いっきりいたぶっている夫婦共著の旅ルポである。過激な夫婦漫才という感じだろうか(笑)。

夫は、自分自身をアルコール・薬物まみれのダメ人間として自虐的に描き、東南アジアの猥雑さ、パワフルさ、貧困、性風俗までを、多少のギャグを交えてありのままに語っている。イラクで殺害されたフリージャーナリスト橋田信介氏のカメラクルーなどもしていたようで、内線が一応終結し、自衛隊もPKO派遣されたカンボジアの奥地を取材した際はポルポト派に車を取られ、弁償を求められた橋田氏が、著者を人質にしてバンコクに金策に行く場面がある。かなり面白いものの、一つ間違えば命の危機でもあったろう。わざわざ危ないところに保証もなしに出かけていくのがジャーナリスト根性というものだろうか。

総じて貧困で悲惨な東南アジアの現実があるが、ダメ人間の鴨やその仲間のくすぶり日本人を受け入れる大らかさもある。「タイでは人の命は安い。みんなすぐに産んで、すぐに捨てて、すぐに拾って育てる。考えも毎日の暮らしも安い。だからみんなすぐ幸せになれる。ぼくはタイのそういうとこが好きだと鴨は言う。」と西原女史の挿絵漫画にあるが、悲惨のような安らかなような、何とも不思議な雰囲気だ。

亭主を「鴨」呼ばわりし、思い切りコケにしている西原担当の漫画の部分も相当である。過激な筆致で「鴨」をいたぶりつつ、東南アジアの子供の悲惨さ、健気さなどもさらりと描いている。ここには貧困を声高に訴えるような使命感やメッセージも、楽園アジアの賛歌もない。ただ、見たものを誇張して面白おかしく描きたいという漫画家根性なのだろう。夫妻どちらの筆致も、椎名誠の若い頃の過激さを思い起こさせるものがあった。

鴨志田穣は最近亡くなった。42才だったという。離婚→アル中で入院→元妻がサポート→復縁したそうで、西原女史が「最期の日々は幸せでした」というコメントを出しているを読んだことがある。西原御殿には、鴨志田が蹴った壁の穴を略して「鴨蹴り」があると以前にテレビで見たことがあるが、なかなかに面白夫婦だったようで、そんな夫婦にふさわしいアジアルポだった。












チャーリーとの旅/ジョン・スタインベック 

アメリカを代表する作家の一人である著者が、老犬シャルル・ル・シアンと共に1960年のアメリカを自動車で旅した記録。変貌を遂げつつあるアメリカの現実が生々しく語られているが、老犬チャーリーの描写が場を和ませている。フランス生まれフランス育ちの高貴な犬(スタンダードプードル)は正確なFの発音が出来るらしい(笑)。

冒頭、「ここではないどこかへ行きたい衝動」について語られている。若い頃には、大人になればそういう衝動は消えると言われ、大人になった時には「中年になったら治る」。中年にさしかかったら「もっと歳を重ねれば熱も冷める」となだめられたものの、58歳のこの時も、船の汽笛やジェットの轟音に旅心を刺激されている。まるで「漂白の思い止まず」の松尾芭蕉そっくりだ。そうして、キャンピングカー仕様のピックアップトラックで旅に出る。

当時はモバイルホーム(トレーラーハウス)の黎明期であり、土地に縛られない新しいライフスタイルであると、その先進性が夢のように語られているが、現在のトレーラーハウスは低所得者用の住宅という感じがある。50年経てばやはり変わるものだ。いかにも自動車文明の国らしいエピソードという感じもする。

数十年ぶりの故郷(カリフォルニア州サリーナス)のほろ苦くて懐かしい旧友との再会や、テキサスという地域の独自性などは、旅行記ならではの面白さである。テキサスは、アメリカからの独立権を有する唯一の州らしく、そのことを誇りにしているそうだが、スタインベックが「では、独立を支援する会を作ろう」というと鼻白むそうだ(笑)。テキサスの富豪は、富豪だから質素な服装をしていられるという洞察もなるほどと思う。

そして、公民権運動さなかの激しい差別の現実がある。南部の上流階級はアフリカ系アメリカ人への差別意識をあからさまには見せず、下流層に限って激しい差別意識をたぎらせるという話を読んだことがあるが、白人との共学を選んだアフリカ系の子供に罵声を浴びせる「チアリーダーズ」なる現象は、まさにそういう感じだろうか。どちらも哀れな感じがする。  

最終場面、我が家のあるニューヨークで、急ぐあまり迷子になる里心が微笑ましい。

本書は、「粗忽拳銃」「自転車少年記」などで人気の竹内真の新訳である。











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