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Libro2009インデックス




 

大明国へ、参りまする/岩井三四二

岩井作品は、中世において権力者による理不尽から苦労させられる主人公を哀歓交々に描いたものが多いが、今回は足利幕府の、うだつの上がらない官僚の奮闘を描いて共感を誘う。

足利義満が隠居しながら北山殿と呼ばれて権勢を振るっていた時代、政所納銭方に勤める飯尾甚八郎は、右筆方の重鎮で飯尾一族の頭領でもある飯尾加賀守より、土官(とかん)として遣明船に乗り、明へ行ってこいと命じられる。正使である僧侶を守護し、北山殿のために交易の道筋を付け、運航全体を差配するという、とてつもなく重い責任を伴う任務に一度は尻込みする甚八郎だが、恩賞方入りして出世したいところを見透かされ、結局引き受けることになる。

 

甚八郎は、事務方官僚としてはさほど優秀ではなく、自分では弓馬の道に自信を持っているもののこの方面でも軽率なはねっかりに描かれているような男だが、そこそこに誠実でそこそこに有能ではある。「日本国王」たらんとする義満への反感から敵対する勢力や、運航経費を捻出するために船賃を取って乗せた証人たちの一攫千金の思惑や、渡明して箔を付けようと考える俗物の僧侶の傲慢さや、明の官僚との実務取引の煩雑さなどに苦労させられ、奮闘する甚八郎に好感が持てる。

 

商人たちに突き上げられたり、何人かの仲間を失ったり、それでも何とか無事帰国した甚八郎は、すべての収まりを付けた後で謀略のからくりを知るが、少しだけ反骨の気概を見せるラストシーンが秀逸だ。一寸の虫にも五分の魂という感じだろうか。

能力以上に重いプロジェクトを任された貿易実務者、わがままな旅行客に苦労する添乗員などをオーバーラップさせているのだろうかと考えたりするが、さすがにこういう苦労する小人物を描かせると上手いものだ。





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