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Libro2009インデックス


 

やくざ親分伝/猪野健治

戦前戦後にアウトローの世界で力を発揮した親分たちの事績を綴ったルポルタージュ。やくざというと博徒=任侠と思いがちだが、境目が曖昧な神農=香具師(テキヤ)も含まれていて、戦後の復興を担った闇市を仕切る親分たちに半分くらいのページが割かれている。

何と言っても出色なのは新宿に尾津マーケットを築いた尾津喜之助(神農)だろう。戦後、焼け野原だった新宿を整地し、露店街として形を整え、職にあぶれた者に仕事を提供し、売り先に困っていた軍需工場に品物を提供させ、物資不足と物価高に悩む消費者に安価な品物を提供するという一大事業をやってのけたのである。診療所まで作っていたと言うから、一種の行政を布いたと思えなくもない(イスラム過激派組織が、支配する地域で教育や医療を提供して市民から支持されていると言った話に似通うような気もする)。その資金力を見込まれて各政党からお呼びがかかり、政治に進出しようとした尾津親分だが辛くも落選、その後、GHQがアウトロー組織の解体を図って逮捕され、収監されてしまうが、庶民のために事業を興して成功した男伊達に圧倒される。

そのほか、浅草を復興させた芝山益久、関東神農同志会を結成させた坂田浩一郎など、徐々に香具師への圧迫を強める行政に対して、職の権利を訴えて戦った親分たちについても多くを書いている。任侠に比べれば正業に近いと思われる神農だが、平日(ひらび=常設露店)は駄目だとか、縁日の出店もそのたびごとに許認可だとか、割り振りは警察がやるので同じ業種が固まって不効率だったとか、GHQの指示によってかなりの締め付けがあったようだ。

坂田浩一郎は會津家本家五代目で、會津家本家六代目坂田春夫(親分の聞き書き「啖呵こそ、わが稼業」が圧倒的に面白い!)の実父らしい。親子揃って大物神農だったわけだ。

やくざを礼賛するわけでもなく、貶めるわけでもなく、アウトロー世界でトップに立った者たちを描いて興味深い。



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