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Libro2009インデックス


ちくま日本文学022 宮本常一/宮本常一

文庫版の文学全集に民俗学者宮本常一の文章を抄録したもの。日本常民文化研究所所長であるくらいしか知らなかった民俗学者だが、実に名文家でもあるのだった。郷里の風俗や、興味深い生き方をしてきた人たちの聞き書き、神がくしなどから類想される子供の聖性や、地域とつながる子供たちの習俗などを、ユーモラスで詩情豊かな文章で綴っている。
http://ja.wikipedia.org/wiki/宮本常一

橋の下で暮らす、元ばくろうという老翁の聞き書き「土佐源氏」がとても面白い。ばくろうというと馬飼いの印象だったが、牛のブローカーのようなもので、悪い牛を掴ませて良い牛を持ってきてしまうというような、実にいかがわしい非定住民なのである(笑)。この元ばくろう翁が女性遍歴を語るのだが、村の有力者の奥さんと不倫しながら、女性の立場を思いやってそっと姿を消したりしている。また、若い娘に夜ばいをするのも、若衆宿に入っていなければならず、このあたりにも定住・非定住の対立が浮き出されているように思う。ものがなしく滑稽なプレイボーイの独白、という感じだろうか。

著者は代用教員から民俗学者となった人らしい。元々民俗学はフィールドワークなくては成りたたないだろうが、自身が放浪を好んだのだろう。そういう放浪のさなかに生まれたばかりの子供を亡くしているが、その経過を綴った「萩の花」が哀切。

それにしても、著者が聞き書きをして歩いていた戦前前後には、まだ「昔の日本」が残っていたんだなと思う。当然ながら人権も生活環境も現在とは比べものにならないだろうが、それでもそこに郷愁を感じてしまう。それも文章の上手さゆえかと思う。

ただ、あれは学問ではなく随筆に過ぎないという意見もあるようだ。



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