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Libro2009インデックス




チェスト!/登坂恵里香

主人公の吉川隼人は、薩摩伝統剣道の自顕流(示現流とはまた別の「じげんりゅう」らしい)を学ぶ、曲がったことが嫌いな活発な少年(小6)で「嘘をつくな。弱い者をいじめるな。負けるな。」の精神を範としている。しかし水に対する恐怖が強いカナヅチで、学校の伝統行事である錦江湾横断遠泳大会を2年続けて仮病で逃避しているヘタレな面もあり、この手の小説にはうってつけの、好感の持てる奴だ(笑)。海の男である脳天気な父ちゃんの厳命で、ついに遠泳に挑戦しなければならなくなるくだりは実に笑わせてくれており、ユーモラスな少年小説かなと思っていたらそれだけではなかった。

転校生の矢代智明は「努力が嫌い」と広言し、「嘘をつくな。弱い者をいじめるな。負けるな。」の教えを、管理者にとって都合のいい妄言だと喝破する、怜悧で狷介な少年である。しかし、実際には弱者に対する思いやりを持っていることを、隼人と、過敏性腸症候群を持つためにからかいの対象になっている成松雄太は知っており、友情とは呼べないまでも、何とはなしの交友関係が三人の間に結ばれるのだ。しかし、うちとけない転校生に対する陰湿ないじめもあり、それに加担する保護者が嫌な感じで描かれているのがいかにも現代的か。

智明の作る壁はとても厚く、子供にとっては過大すぎるトラウマがぞっとするようなイメージと共に語られているが、そういうものからの離脱を描いた友情と克己の物語である。からかいの対象でもある雄太も実は強い思いを秘めており、健気な少年たちに思わずエールを送りたくなる。何とはなしに「天使で大地はいっぱいだ/後藤竜二」のストーリーを思い起こさせるが、児童文学というより、大人が読むために少年を主人公にして書かれた小説という感じで、重松清に近いやり方かと思う。

 

 



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