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Libro2010インデックス




血涙 新楊家将(上・下)/北方謙三

北宋の時代、軍閥を率いる楊業が、精強すぎるが故に国主から信用されず、戦いの中で死んでいくまでの悲劇を描いたのが前作「楊家将」だが、本作は、楊業の死後、遺児たちの戦いを描いたものである。

精強な軍閥楊家軍を率いていた楊業は陳家谷の戦いで戦死、兄弟も散り散りになるが、六郎と七郎が楊家軍を再興しようとしている。敵側の遼(騎馬民族国家)に捕らえられた楊四郎は記憶をなくしているが、卓越した武人であることは忘れておらず、楊家軍の宿敵でもあった耶律休哥の薫陶を受け、武将石幻果として遼の一軍を任せられるほどに重用されている。

兄弟との戦いで記憶を取り戻した石幻果は、己の過去と現在に板挟みになり、自裁するほどの苦しみを持つが、耶律休哥に切り刻まれることで楊四郎を追い出し、石幻果として生きることが出来るようになる。この二人には親子に似た感情が通っているのだが、何か暴力による洗脳という感じもあり、簡単に石幻果を選んでしまえるところに違和感を持った。どうせなら両方の苦悩を引き受けつつ戦って欲しかったと思うのだが。

再興した楊家軍と石幻果との戦いが眼目になるのだが、豊かな土地を欲して侵攻してくる遼の方が、楊家軍を利用するだけの宋よりもまともに見える。文官を重用する宋は豊かな国であり、軍事は戦を知らない文官に引き回されるのだ(それが最終的に宋の危機となる)。

遼は国民皆兵のような軍事国家であり、兵は精強だが、常に貧しさに苦しんでいる。宋への侵攻は貧しさを解決するためでもあるのだが、政治によって豊かさを実現しているならばそちらの方が優れていると思われ、宋の一員として侵略者を退けようとしている楊家軍につい肩入れしてしまう。

遼と宋の戦いは、遼側に有利な形で終戦交渉となるが、勝ちも負けもなく、前編「楊家将」同様に、精強過ぎるために疎まれ利用されて消えていく楊家軍の悲哀だけが漂う。戦いの悲しさとむなしさを描いて絶妙という感じだ。





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