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Libro2010インデックス


我、食に本気なり/ねじめ正一

いわゆる食味随筆だが、「どこそこのアレが美味い」的な記事は少なく、食にまつわる、家族や子供時代の思い出を語って幸福感や暖かさを実感させる。

発熱時に「寒天が食べたい」とうわごとを言う正一少年のために母親が寒天を煮始めるが、待っていられない父親があわてふためいてみつ豆缶詰を買ってくる話、野球場で買って貰ったホットドッグ、アイスクリームに釣られて祖母の歌舞伎観劇に付き合ったこと、貴重品だった卵、父親と二人で窯元へ買い出しに行き、そこの旅館で食べたすき焼きの美味さなど、食と家族にまつわるいい話が詰まっている。

「高円寺純情商店街」の登場する父親は文化人かぶれの変人に誇張されていたように思うが、本書で語られているのは、変人でありつつも家族を思いやる父である。家長として自分の母親にまで横柄なのがいかにもこの時代らしい。

下記引用部のスイカに関する考察が的を突いていて納得させられた。

本当に甘いスイカに当たるのはひと夏に一度、せいぜい二度、今度は甘いんじゃないかと期待してかぶりつき、まあこんなもんだろうと自分を納得させてみたり、あまり甘くないなとガッカリしてみたり、何だよコレはと思ってみたりするのがスイカの真骨頂だ。

スイカに当たり外れがなくなっていつでも甘くなったら、世の中の面白みがひとつ減ってしまう。スイカは当たり外れの楽しみを持っている果物だ。

スイカという果物はたぶん、スイカそのものではなく、小さなスイカのまわりにある風景や情景を味わうものなのだ。

だとしたら、あおの重く大きな緑の図体のなかに、赤く詰まっているのは果肉ではなく、子供時代の記憶なのかもしれない。

ちょっと説教臭くて嫌みな部分もあるが、そうかもなぁと納得させられてしまうのは、家族でなければ食べきれなかったスイカの図体のせいかもしれない。この時代には「食育」なんて言葉は必要なかったんだろうなぁと思わせた。

些末なことをちょいちょいとほじくり出して軽妙な文章で綴る手法は、東海林さだおや椎名誠と同じであるが、タイトルの通り「真剣」なのでふざけ度は少なく、そこに好感が持てる。ややグルメガイド的な部分もあるのは、初出がJCBの月刊誌だったせいかもしれない。

イラストを担当したのは南伸坊で、いわゆるヘタウマ的なシンプルな絵なのに妙に質感がリアルで面白かった。巻末に二人の対談があるが、南氏は中学の先輩であることが分かった。団塊世代では一学年に十八クラスあった由(一回り下くらいの自分の世代では5〜6クラスだったような気がする)。



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