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Libro2010インデックス


世界一周恐怖航海記/車谷長吉

文春文庫の新刊です。


晩婚の著者は、新婚旅行の時に夫人に「本郷に家を買ってね」と言われておののき、数年間の苦闘の末に千駄木に居を構えたそうで、今度は「いずれ船で世界一周に連れて行ってね」と言われてまたおののく。著者自身は海外など行きたくないのだが、勝手に旅に出られて一人で過ごさなくてはならないのはたまらんと、ピースボートで世界一周旅行を敢行した記録が本書である。航海中の日記と言う体裁を取っているが、内容のほとんどは自他のあれこれを綴ったものだ。

この人は自分を含めて人間の醜さに絶望していて、それが故に精神を病んだりしているようだ。そして、他人を悪し様に描くことにかけては天才的なものがあり、あまりにもあからさまに書いてしまうから筆禍事件を起こしたりもする。厭世観を縷々綴り、早くこの世を離れたいと言う割りには生への執着も強そうだ。

ものすごくアクが強そうで、普通、こう言うふうに己をむき出しに語る人は苦手なのだが、この人の場合は言動に滑稽さが漂うのでつい読まされてしまう。これも筆力というものだろうか。新聞別冊に時折出てくる人生相談など、身も蓋もない回答を寄せていて爆笑してしまう時がある。

閑話休題、旅行記を読む楽しみは、別に観光地の風物ではない。百聞は一見にしかずで、いくら名文で綴られても実物がわかるわけではない。「旅は人である」というのが持論で、旅行者自身、同行者、現地の人がいかに面白い人かが旅本を読む楽しみなのだが、その点で本書は十分に面白い。日本を脱出してきたはずなのに、船内の有様は日本社会の縮図であるとして、相変わらず船客の醜悪さを描いているが、それもまた「旅は人」の面白さだ。



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