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Libro2010インデックス




 

f植物園の巣穴/梨木香歩

f植物園の技官である佐多豊彦が彷徨する妄想と記憶と不条理の世界を、「坊ちゃん」のような時代がかった文体で描いたノスタルジックなファンタジーである。時代は大正前後と思われる。

主人公の佐多豊彦は狷介な男で、身ごもった妻女を亡くし、現在は赴任先のf市にて間借りをして暮らしている。以前から気になっていた歯の治療に歯科を訪れると、犬が白衣を着て助手のようなことをしている。歯科医によれば妻女の前世が犬で、忙しくしているとつい前世に戻ってしまうそうである。大家の老女は雌鳥頭だ。

歯科医にいい加減な治療をされて奇妙な世界に投げ出され、虫歯のうろに自ら陥ったりもする。f植物園の大木にもうろがあり、このうろが不条理世界の通路となるわけだ。

豊彦には昔可愛がってくれた千代というねえやがいて、懐かしい思い出にふけったりしている。そして亡くなった妻女の名前も千代であり、奇妙な符合を示すのである。

不条理な旅の相棒となるのがカエルのごとき子供で、仮に「坊」と呼んでいるが、これが何ともユーモラスで可愛らしい。佐多豊彦と会話するうちにどんどん賢くなって生長していくのだ。

不思議な旅を終えて失われていたものを取り戻した豊彦だが、旅の最後の場面が場面が何とも切ない。

著者の「家守奇譚」「村田エフェンディ滞土録」同様、不条理でユーモラスでノスタルジックなファンタジーだが、前二作の登場人物たちが不条理を当たり前のこととして受け入れているのと異なり、佐多豊彦の不条理に対する抗いぶりが楽しく、妙な文体とあいまって面白い効果を上げている。



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