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Libro2009インデックス


フレディ 小さないのちの物語/レオ・ブスカリア

子供に死とは何かを教えるための写真絵本。以前に「葉っぱのフレディ」がブームになったが、「葉っぱ」よりも前に詩人の三木卓が翻訳したものである。畏敬する書評ブロガー屁爆弾さんに教えて頂き、読んでみようと思った。

内容については多分よく知られていると思うが(自分は知らなかったが(汗))、以下はネタばらしである。

木の葉として生まれたフレディが春から秋を仲間たちと楽しみ(ここでは「みんな違ってみんないい」的なメッセージが語られている)、やがて冬を迎えてハラハラ落ちていく仲間に恐怖し、友達のダニエルと問答をする場面がキモである。

「死んだらどこへいくのかな」
「だれもよくわからない。これはたいへんな なぞなぞだ」
「ぼくたちがおちて死ぬ。それだけのことだったら、どうしていきてここにいるの。」

ダニエルが「太陽や月があったじゃないか。みんないっしょで、しあわせなときがあったじゃないか。木かげがあって、おとしよりやこどもがいたじゃないか。秋のこうようがあったじゃないか。季節のめぐりがあったじゃないか。それでじゅうぶん。そうだろう?(改行略)」と答えて木から静かに離れていき、次にはフレディが快い安息を迎えるのだ。そして葉っぱは分解され、再び命の源となる、という一節が語られて「はじまり(終わりではなく始まり)」となる。

何と美しい命の物語かと思う。特定の宗派の死生観ではないだろうが、死を考えることは宗教的行為に違いない。物質が分解されて新たな生命に再構成されるという科学的な叙述であるのにも関わらず、一木一草に神が宿る日本人的アニミズムに非常に合致しているような気がする。訳文もシンプルで素敵だ。


復刊ドットコムには、三木卓訳版を望む声があり、「葉っぱのフレディ」の方は日本人好みに叙情的過ぎるという意見があった。「葉っぱの…」は未読なのでなんともいえないが、参考としてこちらも読んでみたいと思う。



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