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Libro,Musica,Planta DIARY(ほぼ読書日記?)


過去の日記


西遊記=?
06/1/31

西遊記は水戸黄門であると考える。

旅の途上で、人々に悪を為す悪代官=妖怪を懲らしめる。主・師匠にはは威徳があるが直接の力は振るわず、武力方面はもっぱら家来=弟子が担当することになる。となれば、「天国へ行きてぇか?地獄へ行きてぇか?」と言う悟空の決めぜりふは、「この印籠が目に入らぬか!」であろう。役柄を考えれば、悟空=格さん、悟浄=助さん、八戒=うっかり八兵衛、稟稟=お銀、という感じだろうか(笑)。

さて、昨日は友情と信頼をテーマにしていた。悟浄の、タイムリミットのある約束の抵当に悟空一行がとらわれの身になるが、これはもう「走れメロス」のパクリである(笑)。笑えて、やや切ない、なかなか楽しいストーリーだった。

朝日夕刊に週一で「テレビ構造改革」なるコラムを書いているライターがいるが、これがとてもつまらない。誰でも思いつくような浅いツッコミを得意げに小賢しげに書いているのだが(しかもナンシー関が書いたことを使い回していたりするのだが)、西遊記に関しては、安っぽいメッセージドラマというような書き方をしていたと思う。このドラマはそういう風にあげつらう対象だろうかと思う。悟空一行の活躍に胸すく思いをして楽しんでいるのだから、余計なお世話というものだ。

余談だが、「走れメロス」は太宰治の実体験をもとにしているという話を読んだことがある。太宰と檀一雄が熱海だか伊豆だかで遊んだ際、勘定が足りなくなり、片方を人質に残してもう片方が東京へ金策に行ったというのだ。面白い話だが、本当だろうか(笑)。








C・J・ルイスとクライズラー&カンパニー
06/1/30

リサイクル本屋の激安CDコーナーで更に処分特価(105円!)になっていたC・J・ルイスを入手した。10年ほど前に人気があった歌手だが、現在はどうなんだろう。当時、安い輸入盤を一枚ぐらい買った覚えがあるが、喉の深い歌い方が嫌いではなかった。

で、今回入手したものを聴く。おそらくレゲェの分類になると思うのだが、ラップ風もあり、さりとてヒップホップと言うほど過激でもない。ごく喉ごしの良い打ち込み音楽で、ゴツゴツと神経に引っかかってくるものがないのである。ジャマイカ発祥と言うような泥臭さはなく、そういう意味では理想的なBGMと言えるかもしれないが、何か物足りないなぁ・・・。

同じように入手したのがクライズラー&カンパニー。かつて葉加瀬太郎が組んでいた、ポピュラー・アレンジのクラシックのユニットで、まさにBGMのイメージだ。が、これが以外に良いのである。テレビ番組などで耳馴染みのある名曲アレンジが多かったせいかもしれないが、エモーショナルなバイオリンが結構ぐいぐいと来るのだった(笑)。

しかし、どうアレンジしても「我が祖国/スメタナ」のモルドウはいい曲だなぁ・・・(←東欧音楽好き)。








ニュースにおける扱い
06/1/28

痰の吸引が必要な病気を持っているとして自治体から保育園への入園を拒絶されていた女の子に対し、入園を認めるようにと言う仮判決があった。まことに喜ばしい。看護師もいる保育園だというのに、入園を拒否していた方がおかしい話だ。

ただ、この女の子がいかにも可愛らしいのである。だからと言って司法が優遇する訳はあるまいが、難民のビザ問題をニュースで扱う時、父親が拘束されたり送還されたりして残されている子供が妙に美少女だったりする。これが可愛気のない生意気で不細工な男子高校生だったりしても、マスコミ及び世論は同じように扱うのだろうか。扱えよ!と思う。

容姿で差別すると言えば、イギリスの入国管理で、美人にはビザを優遇していたというニュースがあった。愚劣だ(笑)。








の家のアリス/加納朋子
06/1/27

不思議の国のアリスになぞらえた謎解きミステリー「螺旋階段のアリス」続編。早期退職して探偵行を始めた仁木と、彼のもとにふいに現れた不思議な美少女との活躍を描いて好調だ。駒子シリーズの「スペース」を読んだ時にも感じたが、この作家、「優しさ」だけではなく、ほのかな悪意や善意の侮蔑みたいなものをからめるのが上手くなっていると思う。

「虹の家のアリス」市村安梨沙の後見人のような叔母篠原八重子は、昔気質の毅然とした老女であるが、自宅で近所の主婦に主婦としての作法を教えている。生徒の一人が運営している親子クラブに些細な嫌がらせが頻発しているのは何故か、という依頼を仁木はあっさり看破してみせるが、この後の安梨沙の推理が「技あり!」という感じだし、微笑ましい。ドメスティックな謎をうまく仕込んだものだ。

「牢の家のアリス」以前にベビーシッターの仕事をしたことがある青山産科医院から赤ん坊が消えた。しかもドア前には防災設備の業者がいたという密室である。不思議、可憐、天真爛漫の美少女に垣間見えるほのかな悪意がスパイスになっている。

「幻の家のアリス」安梨沙の家に向かった仁木は、安梨沙の養育係の女性から、安梨沙は何故自分によそよそしくなったのか突き止めてくれと依頼されてしまう。それぞれの目から見えた安梨沙像だけを実像と思い込み、真実の安梨沙を無視してきたつけが回ってきたというものだが、仁木自身の娘も登場し、家族という物について考えさせる一編である。

他の短編もトリックと創意に富んで、楽しめる一冊だった。











無駄を楽しむ文化
06/1/26

昨日より続く・・・。

かくいう己も、低価格のヘナチョコデジタルを使っている。現像の手間がなく、すぐに結果がPC上に現れる。デジタルデータは保存や加工が楽で便利この上ない。こういう恩恵に浴していて言うのも何だが、銀塩は間を楽しむことが出来たと思うのだ。露出を決めるとか、ピントを合わせるとか、現像を待つとか。

こういう間が失われていくのが現代ではないだろうか。携帯電話があれば連絡がつかないことはあり得ない。緊急時にはなくてはならないが、例えば「すれ違いドラマ」のようなものは生まれ得ないだろう(笑)。無駄を楽しむのが文化なら、便利さによって無駄かつ有意義な間が失われるのが文明かもしれない。

カーナビというのもどうなんだろう。普及し始めたのは10年くらい前からだったと思うが、地図を眺める楽しみが奪われそうな気がする。地図と標識があれば大概のところへは行けると言ったのは、カーナビを売るべきディーラーのおにーさんだった(笑)。


それにしても新しいデジタルカメラが欲しいなぁ(←言っていることが矛盾)。パナソニックのLUMIXがいいかなぁ。ライカのレンズを使っているし、スタイルも銀塩風だし(笑)。こういう楽しそうなカメラが家電メーカーから出てくるのが面白い。

道具というのは使って楽しいものが望ましい。使い勝手がよく、機構がシンプルで壊れにくければこの上ない。もうデジタルしかないのなら、そういうカメラを開発して欲しいものだ。中古カメラ市場で、二十年、三十年前のカメラが流通しているのは、それだけ壊れにくく、確かな製品だったからだろう。シンプルなデジタルというのがすでに矛盾しているのだが・・・。








姿を消す機械カメラ
060125

ニコンが一部を残して銀塩カメラ事業を縮小するそうである。コニカミノルタはカメラから撤退、京セラもカメラ本体事業から撤退してしまった。光学メーカーは、昨今は多方面に手を広げているので、全事業のうちのカメラが占める割合は少ないのだろうが、それにしてもカメラがアイデンティティだったのではないだろうか。それぞれのメーカーに固定ファンが付いていたんだろうに、結局ユーザーが切り捨てられる。

デジタルに押されて銀塩が頭打ちというのは、常に銀塩ファンの悩みの種だったが、ここに来てついに銀塩が見捨てられ始めたんだなぁという感がある。デジタルへの傾斜にしても、消費者の選択ではなく、メーカーがシェア争いに躍起になった挙げ句の結果だそうだ。

そうして獲得したデジタルのシェアでさえどうなるか分からない。すでに値崩れが始まっているし、更にエレクトロニクス製品の常として、新製品のサイクルがどんどん短くなる。光学機械であるカメラにオートフォーカスや自動露出などのエレクトロニクスが搭載された時から、こういう運命は決まっていたのかもしれない。デジタルの開発競争やシェア争いで、カメラメーカーは家電メーカーに勝てなかったらしい。








賊モア船長の遍歴/多島斗志之
06/1/24

18世紀初頭のインド洋のあたりを舞台にした海賊小説である。一風変わった時代小説とも言えるだろうか。

東インド会社の航海士だったジェームズ・モアは、会社からあらぬ疑いを掛けられ職を失い、新婚の妻が変死して投獄され(後に嫌疑不十分で釈放)、失意のうちにすさんだ人生を送っていたが、知り合いの水夫長が見かねて、自分が乗り組んでいた船に連れてくる。これこそキッド船長指揮するアドヴェンチャー・ギャレー号で、国王から海賊討伐のお墨付きをもらった船なのだった。

海賊から没収した資産は我がものにしても良いことになっていたようで、貴族から出資者を募り、航海後に分配する仕組みになっていたらしい。海賊に出会えなければ商売あがったりで、ついに自ら海賊に姿を変えたキッドだったが、堅気への未練捨てがたく、中途半端な海賊振りである。有能な船乗りとして重用され始めていたモアは、捕獲した船に乗り換えアドヴェンチャー・ギャレー号を廃棄するというキッドと袂を分かち、アドベンチャー・ギャレー号を率いる船長となるのだった。

海賊というか、盗賊一味というのは、全てが親分の厳格な支配下にあると思っていたのだが、さにあらず、当時の海賊は乗組員の一人一人に表決権があり、船長も手下の総意で決まっていたものらしい。新たに募った乗組員の中に、武芸に秀で、優雅な佇まいの男がいて、この男こそ船長にふさわしいとモアは感じるのだが、海賊のリーダーとしての能力と個人的な魅力はまた別なものらしく、逡巡を抱えながら何とか新米の海賊として一味を率いていくモアである。過去を振り返ったり、己の能力に疑いを持ったり、常に優柔不断なモアだが、海賊としては優秀なのだろう。過去に囚われていたダメ男が再生する小説でもあるのだ。

クライマックスはモア自身の復讐で、奇計を使った戦いの場面が白眉。船乗りモアの面目躍如である。

この著者は、20年ほど前に謀略小説でデビューしているが、評論家筋の評価はそこそこあるものの、あまりぱっと名前が売れている訳でもない。それでも作家として書き続けているのは、それなりに成績を出していると言うことだろうか。何となく、ブレークする前の大沢在昌を思わせる。











雪の明日は裸虫の洗濯
06/1/22

雪の明日は裸虫の洗濯、などと言うらしいが全然暖かくない。春先の大雪についての言葉だろうか。元来、関東の大雪は春なのである。4月に積雪したこともあったなぁ・・・。

昨夕もう一度雪かきをしたが(スコップが壊れたので草刈り鎌にて)、掻いたそばから降ってくる。今朝は案の定凍って固くなっていたが、昨日のうちに大方やっておいたのでそんなに大変でもなかった。

本日は灯油の配達日なので雪が昨日で良かったと思うが、配達のおにーさんは、雪かきしている家が少ないので今日の配達も大変だとぼやいていた。配達用トラックにはチェーンを巻いているが、それでも恐いのだそうである。この人確か秋田の出身だったと思うのだが・・・(笑)。


一年ぶりにデータのバックアップ。殖え続けるのはデジカメ画像で、これがなければCD一枚で済むのだが、結構大変な作業である。昔ならテキストデータだけだったから、フロッピー数枚で済んだものだ。フロッピーは書き込み自体も簡単だったし、手軽なメディアだったなぁ・・・。インターネットの時代はメールのデータも殖え続けている。

フォルダの中身を改めれば、不用なものも結構多い。ファイル名では見当の付かない物もある。最近一度も目を通していないとなれば、収納と同じで、必要のないものなのだろうが、かと言ってどういう不具合が出るか分からないから簡単には削除できない。困ったものだ(笑)。








雪のピラカンサ
06/1/21

寒中お見舞い申し上げます 今朝起きた時からもう積雪。降り出すのは日中からと思っていたが・・・。雪を眺める近所の飼い猫がいたので、こたつで丸くなる猫ばかりではないらしい(笑)。

朝のうちに一度雪かき。珍しくサラサラした軽い雪なので楽だったが、雪かきスコップが割れた。仕方ないので草刈り鎌でやっている。

何か積雪の写真を撮りたくて、鉢のピラカンサを雪中に持ち出して積もらてみた。と言う訳で寒中お見舞い申し上げます。








鹿鼎記(全八巻)/金庸
06/1/20

義侠心の篤い武術の達人が大活躍する、文字で読むカンフー映画のような武侠小説の巨匠・金庸の最後の長編である。出版広告のキャッチコピーに「金庸作品史上最低のヒーロー」と出ていたが、なるほど、武芸は出来ず柄が悪く小ずるい小僧が、口八丁で大活躍する物語のようだ。

妓女の息子韋小宝は、江湖を渡り歩く二流の英雄を助けたことで、彼にくっついて清朝の北京を訪れることになる。何かとトラブルメーカーの小宝は宦官と騒ぎを起こし、宮中に連れ込まれ、挙げ句の果てに少年康煕帝と友人になってしまうのである。老臣に取り巻かれて身動きの出来なかった康煕帝は、小宝を重用することで老臣を除き、小宝は一躍出世することになるが、今度はこの老臣に怨みを持つ反清復漢の秘密結社に拉致され、幹部に祭り上げられ、実に波瀾万丈の転変である(笑)。

この後、宝探しが絡む争奪戦があったり、邪教やロシアを手玉に取ったり、美女数人にまとわりついたり、実に八面六臂の活躍をする。終盤、やや物語が散漫になったような感もあるが、ならず者の小僧の活躍が痛快だ。やくざな性質の割りに、友情と恩義をよく弁えている主人公に好感が持てる。

これ以上金庸の作品が読めないかと思うと残念で仕方ない。また「書剣恩仇録」から読み直そうか・・・。








レベル4
06/1/19

日曜日のNHKスペシャルで、フィギュアスケートの新採点法におけるレベル4について採り上げていた。

前回のオリンピックで、フランスとロシアの審判員による不正があり、それを排除するために作られた新採点法だが、分かりにくいことこの上ない。旧来の採点法が、全体の流れの印象点だったのと異なり、「これが出来て何点」「これができなかったから減点」という、客観的な手法による物みたいだが、重箱の隅をつつくような採点法にも思える。

難度の技を成功させた方が得点が大きいのは当たり前だが、2と3の差より、3と4の差が大きく離れているようだし、フリーの5コンポーネンツの得点に係数が掛けられたりして、「勝った者の総取り」的な印象のある採点法だ。

新採点法への取り組みに苦労している荒川静香をメインにした番組だったが、彼女が得意とするイナバウアーという美しい姿勢は採点対象にならないらしい。スピン中に姿勢を4回変えないとレベル4にならないことや、ビールマンスピン中に、前のエッジと後ろのエッジを使い分けるとか、どうでもいいような細かさに拘っているように見える。観客からは見えなかったりする部分で採点しているのだ。

旧来の採点法で戦ってきた選手にはこれが不利らしく、ここで思い出すのが浅田真央の活躍である。新採点法向けの演技を体得しているからこその躍進なのだろう。若い分だけ柔軟性があるのか、或いは本格的にスケートを始めた時にはすでに新採点法だったのか。

新採点法向けの演技を小銭稼ぎと揶揄する向きもあるらしいが、それはそれで立派な戦略だろうと思う。非難するにはあたらない。スポーツ選手が少しでも上を目指すために、有利な方法を取り入れるのは当たり前だ。そういえば、ノルディックのV字ジャンプが出てきた時も、飛形が美しくないとかの批判があったが、そういうことを言った人たちは口をつぐんでしまったのだろうか(笑)。

間もなくトリノが始まる。自分的にはオリンピックと言えば冬なので、楽しみだ。

タイトルを「レベル フォーッ!」にしたい誘惑があったが、それでは選手の皆さんに失礼かと思い我慢(笑)。








西遊記始まる
06/1/17

先週から西遊記が始まっている。原作の大ファンだし、27年前のドラマ化を見ていた世代だし、どんなものやらと思って見始めたら、かなり面白い(笑)。大幅に換骨奪胎しているし、キャラクターもだいぶ変形しているが、そこはドラマということで、別物として楽しめるのである。

原作の孫悟空は、天界で大暴れはしたものの、500年間の反省期間でそれなりに練れた性格になっている。気弱だったり依怙贔屓だったりする師匠・三蔵にカッとして、勝手に飛び出したりもしているが、菩薩の諭しを受けたり、逆に師匠を薫陶したりして、最後まで三蔵をサポートするのである。

それが、香取慎吾演ずるところの孫悟空は軽薄極まりない。粗野で幼稚で礼儀知らずで怒りっぽいが、そこが結構可愛かったりする。いわゆる「ナマカ思い」なのも微笑ましい。初回冒頭にどういうわけか木村拓哉の妖怪が出ていたが、友情出演か。異常犯罪者ぶりがはまっている(笑)。

そういえば深津絵里の三蔵はどうかと思っていたが、派手すぎない顔立ちが、却って美貌の僧侶らしく見えるような気も・・・。

猪八戒・伊藤淳史は、お懐かしや「ちびノリダー」ではありませんか!。5才くらいの時に、とんねるずとお下劣なコントをやっていたが、その後しばらく見なくなったのは学業に専念していたのだろう。このところ話題作によく出ているようだ。妙に気弱でおどおどした八戒が楽しい。「電車男」は見ていなかったが、ああいうキャラだったのだろうか。

内村光良演ずる沙悟浄は、陰険でしんねりむっつりしていて、そのくせ軽薄なのが笑える。ジャッキー・チェンに顔立ちが似ているせいで「チェン」という渾名があったらしいウッチャンは、確か「「7人のオタク」とかのB級映画でカンフー映画ばりのアクションを披露していたが、西遊記でもそれらしい動きをしている。

いわゆる「月9」枠で、こういう言わばファンタジーをやるということで話題になっているが、師匠と弟子三匹の、愛と友情の群像劇の感もあり、そうするとこれは「月9」王道と言えるのかもしれない。

筋斗雲がサーフボードだというのはちょっと新機軸だ。この場面ではCGで迫力を出しているが、立ち回りの場面では生身にこだわったのだろうか。もうちょっと華麗なアクションが見られると思っていた。香港映画ばりのワイヤーアクションでも使えば良かったのにと思うが・・・。

主題歌も楽しみだったが、やはり本歌取りっぽい(笑)。








弱者への犯罪
06/1/15

昨年は子供への悪辣な犯罪が目立つ年だった。犯罪犠牲者に軽重はないはずなのだが、何故子供が犠牲になると心が痛むのか。子供には未来があったはずだというのが一つ。それから、子供は不条理な暴力に対してに抗う力を持たず、我が身を守れないからというのもあるだろうか。だからこそ大人が保護しなければならないはずなのに、大人の暴力性が子供に向かう。

新年早々、新生児を連れ去り身代金を要求するという事件もあった(解決が早くて幸いだった)。病院≒医者≒金持ちという短絡さに加え、一切抵抗できない新生児を狙う手口が嫌だ。認知症のお年寄りを標的にしたリフォーム詐欺の検挙もきりがない。子供が犠牲になる事件もそうだが、犯罪の標的が弱者へ弱者へ向かっているような気がする。

「鬼平犯科帳/池波正太郎」にはさまざま盗賊が出てくる。「盗んで困る家からは盗らない・人を殺めない・女に手を出さない」のが盗人の三箇条で、これを守る本格的な盗人が少なくなったと嘆いたりしているが、犯罪者にそういうモラルを求めるのが間違いなのだろう。多分モラルがあれば犯罪者にはならないのだ。








ペース/加納朋子
06/1/14

 

入江駒子シリーズの三作目。中編が二作の構成になっている。

前編「スペース」駒子が瀬尾に差し出した手紙にはドッペルゲンガーのような謎が書かれており、それをいつものように瀬尾が解いてみせる。謎解きについては言及を避けるしかないが、どうも謎の設定としては弱いような気がする。どうということのない会話や細やかな心理描写がいつものように楽しめる作品ではあるのだが・・・。

そして後半の「バックスペース」では語り手が駒子の友人になっている。少し冷たい視線で入江駒子を描写しており、優しいだけではないやや辛辣な世界だが、偶然が重なって幸福な結末へと雪崩れ込んでいる。因果が巡り巡って、「ななつのこ」と少しずつ時間が重なりながら、今篇に至ったという感じだが、ここまで偶然が重なって良いものか(笑)。ミステリーではなく、優しく気持ちよい恋愛小説として読むべきなのだろうと思う。













DASH村の陶器作り
06/1/12

バラエティ番組「鉄腕DASH」で、DASH村の陶器作りを見た。登り窯を組むレンガから焼き、登り窯を築き、粘土を採集して土を作り、蹴ろくろで成形し、石を砕いて釉薬を作り、薪で焼く。プロはだしの本格陶芸である。

手間がかかっていることこの上ないが、定価を付けて売る必要がないからこそだと思う。コストを考えたらとても引き合わないだろう。スローライフの実践のようではあるが、あれもTOKIOというアイドルのお仕事の一環とするとすると、彼らの収入に換算して一体どれだけの労働対価がつぎ込まれているやら・・・(笑)。

ともあれ、自然釉の焼き締めには素朴な美があり、釉薬をかけた物も綺麗に仕上がっていた。指導していたのは相馬焼の陶芸家であろう。緑色の焼き上がりがまさに相馬焼だった。

陶芸を趣味としている方は多いだろう。だが、趣味の講座などでは、ろくろで成形しても、焼くのは先生だったりするのではないだろうか。それが不満で自分で窯を持ってしまうケースも多いようだ。最近はベランダでも使えるような、灯油で焼く窯もあるらしい。

で、DASH村の登り窯だが、TOKIOのメンバーが誰もいない間も、先生と常駐スタッフのヤスハラくんが付きっきりで薪をくべていた。TOKIOのメンバーは田舎暮らしの楽しそうな部分だけを受け持ち、ヤスくんが地道な作業をしているのだろうなぁと毎度思う。

ヒマラヤ登山にはシェルパという登山助手がいるが、荷物を運ぶだけではなく、危険箇所を下見したり、率先してルートを開いたりしながら、登頂という場面では後ろに引いて、登山隊に一番乗りを譲るらしい。ヤスくんを見ていると、シェルパを思い出す。








港の甘い豆腐/大島真寿美
06/1/10

 

ダラダラした女子高生・彩美を主人公にした、青春小説と言うよりはヤングアダルトノベルだろうか。

シングルマザーの母親(及び祖父母)に育てられ、父親がいないことを何かと言い訳にしている彩美は、いつものように母に口答えしたところ、いきなりパスポートとチケットを渡され、香港に連れて行かれる。「私と香港と何か関係があるのだろうか」とおののく彩美である(笑)。

母親は相当エキセントリックだし、祖母の方も負けず劣らずに風変わりで、この親子関係が面白い。互いに、身勝手だ、よく分からないと言い合っているのだ。彩美は香港での逐一を日本にいる祖母に報告しており、祖母と孫の思いやりが嬉しい。

母親には、かつて日本に留学していた香港の友人が何人かいて、父親もその一人だった訳だが、父親の方は彩美の存在を知らない。何となく母に反発した彩美は香港に残ると言いだし、母の友人宅に居候することになる。要するに香港滞在小説である。無愛想なホスピタリティというか、無関心な親切というか、そういう人間関係が妙に心地よさそうだ。大家さんの姪っ子とその友人というルームメイトとのやりとりも、言葉が分からないのに妙に安らいだりしている。

自分の出自についてきちんと知ることが出来、香港の人たちと良い関係を築いて日本に帰った彩美は、香港で覚えてきた豆腐花というデザートを作るが、彩美・母・祖母の三世代でパクつくシーンに幸福感が溢れている。「懐かしくなったんだろ?これはそういう味じゃないか。甘くて、柔らかくて、口当たりがよくて、やさしい味で」と言っていた祖母だが、後に香港へ行って味を占め、「こないだ香港で食べたら、もっとうんとおいしかった。香港で食べるまでは、彩美の作る甘い豆腐は上等だと思っていたけど、本場で食べたら、どうしてどうして、あれじゃ、お話にならない」などと、身もふたもないことを言うのである(笑)。ともあれ、この甘い豆腐に香港が集約されているのだろう。特に派手なことがある訳でないが、豆腐のように優しく美味しい小説である。












森 雪が・・・
06/1/9

麻上洋子という名前に覚えがあるのは(いや、思い入れがあるのは)、おそらく35才以上の男だろう。「宇宙戦艦ヤマト」の森雪の声を演じていた声優である。アイドル声優のはしりではなかったろうか。

で、彼女は13年前に講談師に転身していたそうなのだ。ほぇ〜っ、という感じである。 しかもわりあい近いホールで公演があるらしい。この値段では行く気にならないが(新譜CDが買える)、ふーん、ほぼ地元の出身だったのだ。

公式ウェブサイトでは「講談 宇宙戦艦ヤマト」の冒頭部分がリアルオーディオで試聴できるが、森雪が張り扇バンバンというのはいかがなものだろうか・・・(シクシク)。そいうえば古代進の声を担当していた富山敬も亡くなってしまった(シクシク)。

宇宙戦艦ヤマトの第一作は、テレビアニメをつぎはぎにしたものらしく、それほど良い出来だったとは思えない。それでもあんなに少年少女の心を掴んだのはコンセプトが良かったのか。キャラクターの絵柄はいかにも松本零士だが、筋立てなどはプロデューサーによるものだったと思う。同時期に放映されていた「キャプテンハーロック」や「銀河鉄道999」などの松本アニメほどきれいな絵ではなかったような・・・。

何でも今年の夏に、20年ぶりの新作が公開されるそうで、親子で見に行ったりするのではないだろうか。あらら、しかし、これについても何やら一筋縄ではいかない動きがあるようだ。








古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展
06/1/7

古九谷浪漫 華麗なる吉田屋展が銀座松屋で開催されている。NHKの新日曜美術館でこの内容を採り上げていて、焼き物好きなので、大変興味深く番組を見た。

九谷に「吉田屋」風というデザインがあることは知っていた。黄色や緑や青を大胆に使ったダイナミックな絵柄で、現在も似たようなデザインの九谷焼が作られている。この「吉田屋」の大元について、この番組によって知ることが出来た。

幕末に近い安政頃、酒造業者の隠居の風流人・吉田屋伝右衛門が、失われた古九谷を再興しようと職人を集め、自ら窯を開いたものらしい。そしてあの郷宕な磁器が誕生した。隠居の道楽と言えるのかもしれないが、それにしても凄いパワーだ。おかげで家運は傾いてしまったらしいが・・・。その後、経営者が変わったり、藩窯になったりしながら幕末で続き、現代の九谷焼の基礎となったらしい。

あの色遣いは、はっきり言うとそんなに好きではないが、それでもエネルギーは感じ取れるし、緑や青の釉薬は美しいことこの上ない。思えば、加賀友禅などもダイナミックだし、繊細さよりも大胆な方を選ぶのが加賀の美意識だろうか。

以前に「藍色のベンチャー/幸田真音」という時代小説を読んだことがある。吉田屋伝右衛門と同じように、焼物好きの商人が職人を集め、彦根の地で湖東焼作成に挑んだ物語だが、苦心惨憺して築き上げた窯は藩に取り上げられてしまい、創業者の手を離れている。江戸時代、九州の陶磁器産地では、重要な収入源である窯の運営には藩が直接携わっていたが、そうではない土地でも、或いは似たようなことがあったのだろうか。

隠居してから起業に挑んだ吉田屋伝右衛門は、現代における第二の人生を示唆しているような感じがある。日本地図を作製した伊能忠敬もそうで、あの偉業は、婿入りした商家を隆盛させ、息子に家業を譲ってからのことである。

伊能忠敬の人生を、井上ひさしが「四千万歩の男」という大長編小説に仕立て上げている。20年ほど前に書かれた作品だが、作者の目論見としては、高齢化社会を鑑み、江戸時代の人間の「第二の人生」を示したかったということだし、更には、日本各地を登場させることで大河ドラマの素材にもなりやすいのではないか、というようなことを書いていたが、これはまだ実現していないようだ。








阿久悠
06/1/6

昨年末、阿久悠の作詞家生活40周年という記念番組をやっていた。数々のヒット曲が流れてくると、つい懐かしくて見入ってしまうが、アイドル歌謡(懐かしのピンクレディー!)から趣の深い演歌まで、よくもまぁ沢山の作品を残しているものだ。幅の広さと息の長さは、一貫して現役を続けている筒美京平と同じスタンスを思わせる。

彼の書く詞には、それほど深い表現はないと思う。それでも、昨今のJヒッポホップ・Jパンクの「頑張って前向きに」的な、ひねりのない歌詞と違い、「うんうん、そうだよなぁ」と頷かせるものがあったりするのはどういう訳なのだろう。普段は演歌には見向きもしないのに、「舟唄(八代亜紀)」などを聞くと、曲調と相俟ってしみじみしてしまうのである(笑)。ピンクレディーの「UFO」「SOS」「ペッパー警部」などの、ややピンクがかったふざけ気味の歌詞にしても、感動はさせなくても歌に引きずり込むパワーがあると思うのだ。

ピンクレディーは、際どい衣装で歌い「健康なお色気」というものを売りにしていたが、「健康なお色気」などというものはあり得ないのではないか。自分的には色気=陰影なのである。上記の番組で見た30代のジュリーは美しかったなぁとしみじみ思ったが、この人こそ色気という感じだ。あの美しさを現在まで保っていれば・・・(嘆息)。








春を待つ
06/1/6

当地では気温が上がらないだけで済んでいるが(とても寒い)、雪害がすごいことになっている。雪は、雨のようには流れていかないから厄介だ(大雨は大雨で、もの凄い被害をもたらすこともあるのだが)。

「大雪ならスキー場が大喜びだろう」などと言う人がいるのだが、アクセスが悪くなって客足が落ちるのだからこれは間違い。今日のニュースでは、リフトが雪に埋もれてしまっているスキー場があった。

ある大雪の年、気象学者・中谷宇吉郎の「雪は天からの手紙である」という言葉を引いて、「どうも今年の天は筆まめのようである」と書いている新聞のコラムがあった。「我ながら上手い表現だなぁ」というしたり顔が思い浮かんで、あまり良い感じがしない。被害を報じるべき新聞にそういうことを載せていて良いのかなぁと思う。

我が国の風土においては、夏の暑さも冬の寒さもサイクルとして必要なのかもしれないが、極端すぎると辛い。寒さの底を抜けるまで、あと一月半くらいだろうか。春が待ち遠しい。








紅天女/荻原規子
06/1/5

日本神話や古代史をモチーフに健気な少年少女を描くファンタジーシリーズ、勾玉三部作(「空色勾玉」「白鳥異伝」)の掉尾。

平安時代、坂東の竹芝を治める長の息子及びその甥で、同年の藤太(とうた)と阿高(あたか)は、精神的に強く結びついたおり、二連と呼ばれ近所の娘たちのあこがれでもある。阿高の父親は、蝦夷征伐に駆り出された長の息子で、蝦夷の巫女との間に阿高をもうけるが、敗戦の濡れ衣を着せられ処刑されていた。蝦夷の巫女は勾玉を伝える血統であり、災厄に見舞われる都のためにも、帝はその力を必要としていたが、阿高の母はこれを拒んだがために、帝の一族を狙う悪霊が跳梁跋扈しているという設定である。

巫女姫の力を得ようと、蝦夷の一族が阿高を訪れ、連れ去るが、この時に阿高は己の出生を知り、なかばやけになっていた。阿高の中には母の巫女姫が潜み、時折藤太の前にだけ現れて予言を為している。「白鳥異伝」でヤマトタケルに妄執をみせた母に似ているような気もするが、あんなに気味の悪い母ではない(笑)。

藤太は、帝のために阿高を探しに来た坂上田村麻呂の助力を得て、阿高を救出。すべてのトラブルが自分に収斂しているらしいことに、阿高は、都へ行って真相を明らかにすることを決意する。

一方、帝の娘で跳ねっ返りの苑上(そのえ)が登場し、様々な行く立てから阿高らと行を共にすることになる。健気な少年少女の活躍という、三部作共通のパターンだ。阿高も苑上も、自分自身にはぐれ者的なものを感じており、その辺でも相寄る魂なのだろう。

阿高は不思議な能力など必要とせず、生まれ育った坂東へ帰りたいと思っているし、藤太は、超常的な力など持たない普通の阿高に戻してやりたいと願っている。このあたりの絆が切なく、熱い。

悪霊の跳梁にどう収まりを付けるのか。悪霊の正体と、跳梁の理由と、物語は意外な驚きを孕みつつ佳境へ向かう。悪霊の悲しみなども描かれ、情感のある終盤である。

三部作の全てに共通するが、主人公の少年少女たちは、育ちと違う出生の秘密を持っていたり、生まれながらに重い使命を担わされていたりする。本作の主人公は青年になりかかっているが、前の二作ではもっと幼かったりすることもあり、やや過酷かなぁと思う。それ故に感動的な物語になるのだろうが・・・。

この物語の背景として、降臨した神の一族である光(かぐ)と、地生えの一族である闇(くら)の葛藤があるが、単純な二元論では割り切れず、かなり複雑な世界観になっている。一応児童書の分類になっているが、ある程度読者の年齢を選ぶのではないだろうか。 ともあれ、健気な少年少女(特に少女)の活躍に共感を覚えるシリーズだった。












エリカ
06/1/4

昨日、寒さに我慢できなかった根性なしがホームセンターで入手したエリカ298円。底面給水鉢は好きではないのだが、エリカは冬の水管理が難しいので、この方が楽かも。

それにしても、冬の乾燥と夏の過湿が嫌いとは、なんてわがままな植物だろう(笑)。まず日本の風土と逆行しているのだが、それでも、地植えにして大木になっているのを目にすることがあるから、案外、馴染んでしまえるのかもしれない。








国道沿いホームセンター
06/1/3

少し離れたところにあるホームセンターの園芸売り場は、珍しいものを安価で売っていることがあり、とても楽しいが、このところ足が遠ざかっていたので初売りに行ってみることにした。このホームセンターは箱根駅伝のコース沿いなので、ついでに見物しようという魂胆でもあった。

が、日陰になる歩道ではあまりにも寒く、早々に退散(←根性なし)。帰りの車の中から選手達とすれ違うことに。時速20kmで走る選手は結構速く、あっという間に行きすぎてしまうので、ゆっくり確認する間もなかった。人間の足は大したものだ。

「軽くヤバーイ?」の低カロリーアルコール飲料のCMだが、例の音楽の歌詞におせちをあれこれ載せ、更には「飽きたらカレー」の一節。明らかに「おせちもいいけどカレーもね」を意識した作りだ(笑)。


更新
Musicaに音楽的雑想を追加しました。








西遊記
06/1/2

ドラマ版西遊記がフジテレビ系列の「月9」でリメークされるらしい。日本テレビ系列のドラマを見ていた世代としては、27年ぶりという歳月におののく(笑)。ついこのあいだのような気がするのだ。

香取慎吾の孫悟空は、身が軽そうだし、適役かもしれない。深津絵里の三蔵法師はどうなんだろう。真っ正面から「美女!」というタイプではないので却って良いのかもしれないが、どうもやはり夏目雅子のイメージが強い(美しい人だったなぁ・・・)。

主題歌の「モンキー・マジック/ゴダイゴ」も随分ヒットしたものだ。「ザ パンキエスト モンキー」という歌詞の一部を覚えているのだが、これは「最もパンクな猿」だったのだろうか。

原作の西遊記は何度も読み返している好きな作品だ。道教や仏教をモチーフにした一大伝奇ファンタジーだが、何故最強のはずの孫悟空は、結局妖魔に勝てず、天界に助けを借りに行くのだろう。あれでは天界の使いっ走りではないか。妖魔の方も、「弼馬温(ひつばおん・天界の馬番)が来た」と恐慌を来しているのだから、あっさり悟空に勝たしてやればよいものを、と思う。

三つほどの翻訳を読んだが、平凡社から出ている鳥居・太田訳のものが、漢語まじりの講釈調で好きだった。中野美代子訳の岩波文庫版は日本語としてこなれすぎていて中国伝来の味わいが薄く、現代教養文庫の抄訳(村上知之)は悟空たちが使う「君・僕」という書生口調が嫌だった。







あけましておめでとうございます
06/1/1



あけましておめでとうございます。
旧年中は大変お世話になりました。
本年もよろしくお願いいたします。


更新情報。
QUESTIONSに「ミラクリストに問う、100の質問」を追加しました。
「ヒビスクスという奴は本当はこんな奴だったのか」などと
思われるかもしれませんが(汗)、本当はこんな奴だったのです(笑)。
リンク集に「みらくりずむ」を追加しました。































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