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少年少女小説・YAノベル・児童文学2006



香港の甘い豆腐/大島真寿美    ぎぶそん/伊藤たかみ    幸福ロケット/山本幸久

フラッシュ/カール・ハイアセン



港の甘い豆腐/大島真寿美
06/1/10

 

ダラダラした女子高生・彩美を主人公にした、青春小説と言うよりはヤングアダルトノベルだろうか。

シングルマザーの母親(及び祖父母)に育てられ、父親がいないことを何かと言い訳にしている彩美は、いつものように母に口答えしたところ、いきなりパスポートとチケットを渡され、香港に連れて行かれる。「私と香港と何か関係があるのだろうか」とおののく彩美である(笑)。

母親は相当エキセントリックだし、祖母の方も負けず劣らずに風変わりで、この親子関係が面白い。互いに、身勝手だ、よく分からないと言い合っているのだ。彩美は香港での逐一を日本にいる祖母に報告しており、祖母と孫の思いやりが嬉しい。

母親には、かつて日本に留学していた香港の友人が何人かいて、父親もその一人だった訳だが、父親の方は彩美の存在を知らない。何となく母に反発した彩美は香港に残ると言いだし、母の友人宅に居候することになる。要するに香港滞在小説である。無愛想なホスピタリティというか、無関心な親切というか、そういう人間関係が妙に心地よさそうだ。大家さんの姪っ子とその友人というルームメイトとのやりとりも、言葉が分からないのに妙に安らいだりしている。

自分の出自についてきちんと知ることが出来、香港の人たちと良い関係を築いて日本に帰った彩美は、香港で覚えてきた豆腐花というデザートを作るが、彩美・母・祖母の三世代でパクつくシーンに幸福感が溢れている。「懐かしくなったんだろ?これはそういう味じゃないか。甘くて、柔らかくて、口当たりがよくて、やさしい味で」と言っていた祖母だが、後に香港へ行って味を占め、「こないだ香港で食べたら、もっとうんとおいしかった。香港で食べるまでは、彩美の作る甘い豆腐は上等だと思っていたけど、本場で食べたら、どうしてどうして、あれじゃ、お話にならない」などと、身もふたもないことを言うのである(笑)。ともあれ、この甘い豆腐に香港が集約されているのだろう。特に派手なことがある訳でないが、豆腐のように優しく美味しい小説である。












ぶそん/伊藤たかみ
06/2/14

同級生でバンドを組んでいる中学生たちの友情と恋を綴るヤングアダルトノベル。主役になるガク(リーダー、ボーカル、サイドギター)とリリイ(ドラムス)が各章を交代に語っているので、一方的ではない描写がされている。

ガンズ&ローゼスに夢中なガクは、やや狷介な性格ながらギブソン・フライングVを持っていてめちゃくちゃギターが上手いという噂のかけるをスカウトしに行く。ベースのマロはかけるを嫌っているのだが、ガクはかけるの超絶テクが必要なので、バンドに加入させてしまうのである。かけるの家は「さやま団地」にあるが、貧困家庭専用なのか、かけるのコンプレックスとして語られている。飲んだくれの祖父や出ていった母など、かけるの家庭は複雑だ。

リリイはガクのことを憎からず思っており、この思いが透奏低音になってところどころ語られているが、このもどかしさが微笑ましい。ガクも同様なのだが、なかなか踏み切れない二人なのである。マロとリリイは仲の良い友人で、それぞれにガクを大切に思っているが、ガクがたけるとじゃれあっているのを二人してやっかんでいる場面など上手いなぁと思う。ガクに「リリイは女って気がしない」と言われて、友達なら嬉しい、女として興味がないと言われたなら悲しいというのも複雑な女心だ。ガクがリリイにギターを教えていて弦が切れ、リリイの耳に撥ねるシーンがあるが、リリイの耳が柔らかかっただけでドキッとするガクである(笑)。

かけるの祖父は、戦争に行けなかったことをコンプレックスにしているような飲んだくれの厄介な爺さんである。マロとかけるはこの祖父のことで喧嘩するが、仲直りの電話をしてこいと祖父さんが三十円を放り出すシーンがいい。祖父さんにとってバンド活動がぎぶそんであり、孫のぎぶそん仲間が大事なのだ。

練習中、全然息が合わないのだが、仲間を思いやって「前よりはええやろが。おれらやったら、これでも十分やって」と言ってみせるガクにフライングVが語りかけるシーンがある。
「こんなぐらいでええねんて、あまっちょろいこといってんちゃうぞ。もっとやらんかい。もっとがんばらんかい。おまえらががんばらんのやったら、おれかってもう協力せえへんからな。おれのこと、だれと思うてんねん・・・」
「おれは、ギブソンやぞ。ギブソンのフライングVやぞ。ええ曲演奏するために生まれてきたんじゃ。ぬるいこというな、ぼけ」

胸のすくような名ぜりふだ。少しふざけながら凄む感じは、ダウンタウンの松本人志にしゃべらせてみたい(笑)。

好きなシーンを書き抜いていったらキリがない。それくらい、コミカルで切なくて微笑ましい小説だ。音楽の喜びを描いている点、かけるの家庭環境など、「ビート・キッズ/風野潮」とかなり重なるのだが、家族が主眼の「ビート・キッズ」に対して、恋愛に比重が置かれている点がやや違うように思う。女子の視点を導入したせいかもしれない。

因みに、フライング因みにフライングVにもっともに合うロッカーはレニー・クラヴィッツなんだそうである。「ロックンロール・イズ・デッド」と歌うレニー・クラヴィッツが大嫌いなハードロックマニアが教えてくれた(笑)。












フラッシュ/カール・ハイアセン

フロリダの豊かな自然を愛し、環境を守るためなら非常識で過激な行動も辞さない善人と、俗悪な観光業者・開発業者とのトラブルをテーマにスラップスティックなミステリーを書き続けるカール・ハイアセンの、「HOOT」に続くヤングアダルトノベル。海水浴場に汚物を垂れ流しているギャンブル船に腹を立て、沈めてしまった罪で逮捕された父親の汚名を晴らさんと奮闘努力するノア少年の活躍を描いている。

ノアの父親は、不正、環境汚染など、自分にとって許せないことには我慢が出来ず、過激な行動に奔る性癖があり、それ故に船長免許を取り上げられている。母親はごく常識的で、あまりにも桁外れな父親に愛想を尽かしかけており、離婚の「リ」の字なども持ち出されてやきもきする子供たちなのである。このあたり、「サウスバウンド/奥田英朗」の父親を思わせるが、あそこまで強烈ではなく、また強くもない。繊細で優しい父親でもあるのだ。

ギャンブル船のオーナーは当局と癒着しており、なんやかやと言い逃れを繰り返して、父親の先走りだけが笑い者になっている。ノア少年は、闘志の固まりのような妹と共に策を練り、この事実を証明しようと奮闘するのだった。

この二人の頼もしい助っ人になっているのが謎の老人で、タフで精悍で正義漢のところはクロコダイル・ダンディーのようだ。裏の世界で生きてきたようだが、漫画のような活劇人生を送っており、何ともかっこよい。

ノア少年は特に強くもないし、ギャンブル船オーナーの馬鹿息子に付け狙われたりしているが、自然を守る心と、名誉を重んじる誇りと、あえて苦難に立ち向かう少しの勇気を持っていて好感が持てる。この辺はハイアセンの大人向けドタバタミステリー作品と同じ構造だ。やきもきさせてカタルシスが待っているという、実に上手い物語作りだと思う。










福ロケット/山本幸久
060424

「笑う招き猫」「はなうた日和」等、軽妙でペーソスのあるユーモア小説が持ち味の著者だが、ポプラ社から出ているし、児童文学の括りになるのだろう。

10才の山田香な子には、不満が三つあった。誕生日がクリスマス・イブであること、山田という軽い名字、両親が仲が良すぎて父親が会社を辞め母親の実家の仕事を手伝っていることである。この出だしからもうユーモラスで楽しい。父親はかつてエリートだったらしいし、小石川からお花茶屋への転居はやや都落ち感を思わせるが、後に父親が辞職した事情があきらかになる。

学校生活は順調で、本好きの子たちと仲良しグループを組んでいるが、このグループはほとんど登場しない。隣の席の小森くん(コーモリ)とはわりあい仲良しな関係だが、ここに割り込んできたのがお嬢様っぽいブリッコの町野さんである。香な子にコーモリへの橋渡しを頼むのだが、このキャラが秀逸。ブリッコのわりには我が強く、結構ひとが悪い。

塾帰りの電車でコーモリと一緒になった香な子は、彼の母親が重い病気で入院していて、父親もいないので健気に頑張っていることを知る。コーモリは快活で侠気もあり、なかなかいい男である。コーモリを家の夕食に呼ぶなど、徐々に親しくなった二人だが、どうしても町野さんに対する引け目があるあたりが可笑しい。

自分のことを冴えないと思っている香な子であるが、ひとに対する観察眼があり、適度にツッコミ体質でもある。頭がいいんだなぁと思わせる子だ。父親のことやコーモリのことや、なかなかに悩みの多い五年生だが、微笑ましいなぁ。

香な子をそっとフォローしてくれるのが担任の鎌倉先生である。元モデルで、校長先生がビビるほど厳しいのに、細やかな情もある、実にかっこいい先生だが、かっこよすぎの気もする。この先生に限らず、全体にカリカチュアライズされていて、ちびまる子ちゃんを思わせるのだ。リアリズム小説ではないのだから、それはそれで構わないのだが。

ラストシーンは香な子の誕生日である。訳あって香な子は走る走る。子供が一生懸命になっているシーンはそれだけで感動を呼ぶものだ。ラストの台詞が何とも切なくて微笑ましくて、素敵な物語だった。




















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