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Libro,Musica,Planta DIARY(ほぼ読書日記?)




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年末気分
051230

いろいろと要り用なものがあり、二度くらい買い物に出たが、スーパーの店内は、飾り付けがすでに正月風だし、おせち特設コーナーも出来ているし、正月関連の童謡も流れている。で、店内でかかっている「お正月(もう幾つ寝ると お正月)」の曲に一つ疑問が・・・。子供の頃は「こーまを回して 遊びましょ」と覚えたのだが、店内の曲を聴いている限り「こまーを回して」なのだ。「こまー」の方が正しいんだろうか。

一夜飾りはいけないということなので、お飾りを玄関に出し、鏡餅を置いた。ぐっと年末気分が盛り上がるというものだ。それにしても鏡餅のお手軽なこと。パックされていてかびないし、紙の三宝が付いているし・・・。更には、パックの形だけ鏡餅で、中には小さな餅が詰まっているというタイプもある。上の橙もプラスティックだし、お手軽な物にはどうも情緒がついてこない(笑)。

子供の頃、餅は、伸し餅が米屋から届けられていた。これを切り分け、大きめのケースに保存していたのであるが、すぐにかびてきて困ったものだ。今は個包装になっていて長期保存が利くし、便利この上ないが、米屋とか餅菓子屋とかは商売にならないだろうなぁ・・・。

餅を食べる量も減っている。10代は、大きめに切った餅を4〜5個食べていたのだが、最近は個包装の小さめの奴をせいぜい二つくらいだ。雑煮も元日の朝に食べるだけで、あとは普通の食生活。江戸時代は三が日餅だったそうで、江戸の人からは怒られそうだ(笑)。

今年のゴールデンウィークに始めたウェブサイトは、何とか年末を迎えることが出来ました。ご訪問頂いた皆様にお礼申し上げます。皆様、どうぞ良いお年をお迎え下さい。







年末スペシャル!ヨメナ語冬の実力テスト
051228

糸井重里が主宰するほぼ日刊イトイ新聞のコンテンツに声に出して読めない日本語がある。淫靡とか卑猥とかで声に出せないのではなく、字面は知っていても読み方が分からない言葉を集め、更に面白おかしく使用例を解説しているコーナーだ。

現在「年末スペシャル!ヨメナ語冬の実力テスト」をやっていて、4日分を試してみた。1日分が全10問(中程度に難しいのが9問、難解なムリ語が1問)で、優しい方が1問11点、ムリ語が1点という訳の分からない配点である。

漢字はそこそこ得意な方だと自負しているので興味津々でチャレンジ。初日はいきなり0点を喰らってしまった。全問正解だったのに、名前を書き忘れていたからだ。こういうケアレスミス、実生活だったらとんでもない落とし穴になるかも・・・。

二日目は、蛯原友里をユーリと読んでしまい、さらに「ず」と「づ」を取り違えて22点のマイナス。その昔ユーリ海老原という強いボクサーがいたので、ついそっちに釣られてしまい・・・。雑誌の広告で目にするエビちゃんというのは彼女のことなのだろう。

初日、二日目は、ムリ語をクリアしたが、三日目が分からない。「弖爾乎波」なんて字面、絶対に見たことがない。中央アジア方面の地名ではないかと考えたが大はずれ。ふーん、あの○○用語にこんな字を書くとは・・・。本日も芸能人の名前を上下読み違えて11点のマイナス。ムリ語が出来ているのに悔しい・・・。と泣き言を言いつつ、本当は自慢しているらしい(笑)。

漢字知識に自信のある方は是非お試しください。







纐纈城綺譚/田中芳樹
051227

 

戦前の娯楽作家・国枝史郎の「神州纐纈城」という幻の名作があることは知っていたが、結末が物足らないと、田中芳樹が自分で書いてしまったもの。元々「宇治拾遺物語」にある、留学僧円仁の逸話らしい。

唐の宣宗の御世、人の血を絞って布を染める、極悪な陰謀結社があることを知り、 これを退治せんと乗り込んだ快男児たちの物語である。

単純明快なストーリー展開、勧善懲悪の痛快キャラ、隠された身分、おどろおどろしい怪奇趣味など、何かに似ていると思ったのだが、少年倶楽部文庫の「豹の眼」などだった。あまりボリュームはないが、痛快な怪奇活劇譚。

因みに少年倶楽部文庫とは、戦前の雑誌・少年倶楽部に掲載された作品を再録した文庫のシリーズで、講談社から一時的にリリースされていた。中学生の頃に創刊され、 あっという間に廃刊になったが、軍国的とでも言う批判があったのだろうか。「村の少年団」のようユーモア小説や秘境冒険小説など、かなり楽しんだのであるが…。







全日本フィギュア
051226

全日本フィギュアが終了。注目の女子は、村主が優勝、荒川が三位と、ベテランの活躍が目立ち、オリンピック代表も、従前の予想通り、荒川・村主・安藤の三人に決まった。安藤は今大会も今ひとつ調子が悪く、オリンピック代表選考でも安定感が問題になったらしいが、結局昨年からポイントを稼いでいたことで滑り込んだようだ。

何か割りを食った感があるのが中野である。勢いとスピードはあっても、やや優美さに欠ける感のある彼女の演技だが、それでもあんなに低くなるほどの悪い出来ではなかったと思う。何か悪い癖があり、それが採点に引っかかるらしいのだが・・・。

浅田真央は、大人の問題に首を突っ込んだ生意気な子供という感じがした。確かに二度のトリプルアクセルは快挙なのだろうが、不必要な点数稼ぎをしているようにも見える。あの子供っぽさでクルクル回られると、何か角兵衛獅子のように思えてしまうのだ(笑)。意識して子供っぽくしているのではないかと、そんな勘ぐりをしたくなる昨今である。

姉の浅田舞の演技は美しかったが、ややインパクトに欠ける感もある。10年前だったら日本のトップレベルにいたのではないかと思うのだが・・・。ああいう卒のない演技は好きだ。もう少し向上すれば、荒川の線が狙えるのではないだろうか。一度はモデル業界に入りかけ、それでもスケートを捨てきれずに戻ってきたということになっているらしいが、『「スケートを捨てるなんてけしからん」と言って“スケート界の女帝”が無理矢理引き戻したのだ』としているのは週刊文春の記事である。

卒のない演技と言えば、以前活躍していたアメリカのトッド・エルドリッジという男子選手が良かった。派手さには欠けるが、決めるべきところはきっちりと決め、美しいスピンなど、いぶし銀という感じがしたものである。4回転の時代に付いていけず、数年前にアマチュア競技から見なくなったのが残念。

今回の競技中継番組は、グランプリ・ファイナルに比べて格段に良かったように思う。余計な映像で水増しするところは民放なので致し方ないが(K-1と同様)、松岡修造のような馬鹿な司会者はいないし、ゲスト席にいた伊藤みどりは、聞かれたこと以外は発言しなかった。あれは事前に釘を刺されていたのか?(笑)。浅田真央の快挙のところではやはり贔屓の引き倒しをしていたが・・・。国分太一の司会振りも落ち着いていて好感が持てた。







He is Christmas / TAKE6
051225

美しいアカペラコーラスを誇るTAKE6のクリスマスアルバム。

冒頭M1“SILENT NIGHT”から始まるが、原曲とは恐ろしくかけ離れたアレンジがされていて、安らぎとは無縁だ。怖いというか寒いというか、ミステリアスで冷厳な美しさという感じで、ちょっとびびってしまう。その後はクリスマスらしい華やいだ曲が続くので安心するのだが・・・。

M3“HARK! THE HERALD ANGELS SING”は、よく耳にする讃美歌だと思う。美しくて安らかで敬虔で神々しくてと、もう言うことなしに気持ちよい。

M5“AMEN!”は、「エ〜イメン」が力強く繰り返される、ゴスペルとかR&Bでよく耳にする曲。パワフルでジャジーだ。今年聴いたアルバムの3枚(TAKE6とカーティス・メイフィールドとレディスミス・ブラック・マンバーゾ)にこれが入っていたが、ブラックミュージックの世界ではつとに有名な曲なのだろう(因みにレディスミス・ブラック・マンバーゾは、南アフリカのアカペラ聖歌隊)。

M6“THE LITTLE DRUMMER BOY”は、クリスマスの頃になるとジャクソン5の曲を良く聴くように思う。少年時代のマイケル・ジャクソンの声が可愛らしいが、あんな感じとは違って、これもメローでスリリングな感じだ。

M8“SWEET LITTLE JESUS BOY”優しく、ソフトに、美しいコーラスが響く。子守歌なのだろうか。このアルバムの中では一番穏やかかもしれない。

M10“O COME ALL YE FAITHFUL”はM3同様、讃美歌風の神々しいコーラスだ。クリスマスアルバムの締めにふさわしい。



ここで、M1で触れた「クリスマスらしい華やぎとは何か」という疑問が脳裏をよぎる。この華やぎは、歳末イベントとしてのイメージであり、キリスト教徒が祝うクリスマスとはかけ離れているのかもしれない。だからこそ、このアルバムもミステリアスだったり神々しかったりするのだろうか。

でもいいのだ。日本風の歳末の華やぎは楽しいのだ(笑)。日本人は季節感が好きだし、神仏の御利益が好きだし、それが合わさった行事(正月とかバレンタインとか豆まきとか恵方巻とか)は文句なしに楽しんでしまう国民性なのだと思う。







ウス・バウンド/奥田英朗
051223

元過激派で官権嫌いという型破りな父親を持つ二郎少年を主人公にした楽園探し小説。

父親はフリーライターを名乗っているが、世間に文句を言うのが仕事のような、型破りな大男だ。二郎は何かと苦労しているが、母親がしっかりと家を支えている。

児童文学では、非常識な親がいると妙に子供が律儀というパターンがあるが、二郎は普通にわんぱくであり、淳や向井(老成振りが笑わせてくれる)のような友人もいて、それなりに充実した生活をしている。中学生の不良カツにつきまとわれる事態になり、ビビリながらもこれをどう乗りきるかが第一部東京篇の見せ場である。

卑劣な弱い者いじめのカツの子分になっているのが黒木という元級友で、母親失格のヤンママに育てられいるせいか、ややヒステリックな気質を持っているが、この少年の描き方が秀逸。一度は二郎と共に逆らってカツをボコボコにしてしまうが、殺してしまったと思い込み、二人で逃避行に出たりしている。江ノ島で一夜を明かすシーンが、心細さと友情を感じさせて心地よい。

様々なトラブルの果てに、父親の故郷である八重山へ移住することになった一家だが、友人たちとの別れの夜がいい。爽やかに気持ちよく、やや切なく友人たちと別れていく。

西表に移住することになった一家だが、父親の家系が地元では英雄視されているらしく、大歓迎される。ユイマールという助け合いの習慣もあり、貧しいながら心豊かに暮らしていけるかと思ったのも束の間、一家はリゾート開発予定地を不法占拠していることになっていて、買い奴業者やその手先の町議兼土建屋と争うことになる。この闘争がドタバタと終末まで繋がっていく。

父親の名前が一郎で、東京生活の敗残者として都落ちしていく過程は「北の国から」と重なる印象があるが、田中邦衛が演じた黒板五郎のような悲愴感はない。父親があくまで陽性と言うこともあるし、南の島の楽天性もあるのか(笑)。二郎の姉も男関係のどさくさがあり、このあたりも「北の国から」の雪子叔母さんを思わせた。この姉もかなり脳天気である。

一種のユートピア小説なのだろうが、妙に理想的な一家という訳でもなく、深刻になることもなく、一気呵成に読んでしまう面白さだった。









電話セールス
051221

小倉優子風の舌足らずのおねーちゃんから、光のPRの電話セールス。電話セールスで何か申し込むことはないのだが、のべつ幕なしにしゃべられるとなかなか断るきっかけがつかめない。それが向こうの手かもしれないが・・・。

ウェブで動画なんか見ないし、100MBなんぞ必要ない、現在のADSLで十分と言ったところ、「そうだったんですかぁ〜」の返し・・・。

こういう場合、思いっきり丁寧ならば「さようでいらっしゃいますか」あたりが正しいのか。何なら「そうですか」でも気にならない。

それが、詠嘆、驚嘆のニュアンスが混じる「そうだったんですかぁ〜」と言われると、何か悪いことをしているような気分になってしまう(笑)。

どうせテレマの下請け会社なのだろうが、専門会社なればこそ、もう少しスタッフの教育を充実させたらどうなのだろう。

関係ないが「ワレワレハ ヒカリノイチバン オー○ーエヌ」のCMも、ADSLは時代遅れと言われているようで耳障り。ADSLが普及し始めたのは、ついこのあいだのはずなのに・・・。







マオちゃん狂乱
051220

グランプル・ファイナルでの浅田の優勝が決まってから、テレビのマオちゃん狂乱の凄いこと凄いこと(本来はフィーバーがふさわしいのかもしれないが、フィーバーはダサいので使いたくない(笑))。ジュニアで優勝してから名前は浸透し始めていたが、先日の優勝で知名度が全国区になったのだろう。競技の最大瞬間視聴率は浅田が滑った時間で、35%とかだったらしい。見た目ちょっと可愛いし、スターの素質があるのだろうが、どうも天才ちびっ子の印象は免れない。技術的には凄いものを持っているし、もう少し成長してからの演技が楽しみだ(決して淫靡な興味ではない(汗))。

荒川の姿が見られなかったのが残念だが、今度の全日本には出場するだろう。彼女がシニアに登場したのは、長野オリンピックより少し前くらいだったと思う。子供っぽい感じで、とても一流の選手に伍して戦えるとは思えなかったが、3〜4年くらい前からグッと大人っぽくなり、優美さに磨きがかかった。今の女子選手の中では一番の贔屓だ。村主も荒川と同じくらいに登場してきたが、彼女の場合、過剰な情感が鬱陶しいような気がする。しゃべると人が好さそうなんだけど・・・(笑)。

それにしても難解な新採点基準。SPとフリーでの採点法が違うのも分かりにくいぞ。不正を排するために、より客観的で、絶対評価のシステムにしたらしいが、どのくらい行けば高得点なのか、この頃やっと少し理解できた感じだ。







海にあらず(上・下)/北方謙三
051219

平安時代、平将門と呼応するように海の叛乱を起こした藤原純友を描いた歴史長編。

藤原北家の傍流に生まれた純友は、任官には興味がなく、腕を磨きながらあちらこちらを旅するような無頼の生活を送っていたが、北家の氏の長者である忠平・良平兄弟を助けたことで伊予掾に任命される。

伊予では越智一族が根を張っており、都から任命されてきた役人が適当に私腹を肥やし、実権は越智一族が握っている限りにおいては衝突もないが、純友はここで自らの権力を握ろうとする。このあたり、地方に赴任したキャリア官僚と地元の叩き上げ役人を思わせる。

山の民や水師と付き合い、自由な海の豊かさを知った純友は、物資輸送を統制して藤原北家の権力を確立させようとする忠平と激しく対立することになる。自由な流通を止めることで物資の値が上がり、庶民は苦しんでいるが、一度膿を出してから世を平らかにしようと言うのが忠平の政治なのである。そこに私欲はないが、純友が希求する自由を阻むものだ。純友は水師を糾合して忠平の荷を襲い、権力を維持するための源泉である唐物の運び込みを阻止する挙に出、以後、大がかりな叛乱へと繋がっていくのだった。

北方歴史小説の常で、主人公は常に爽快で、その周囲には好漢が揃っている。「波王の秋」の小四郎や「三国志」の劉備同様に、純友も理想に邁進する正義漢として描かれているが、そこに多少の物足りなさも感じる。人間的なアクが足りないとでも言うのだろうか。

海戦の場面はさすがに迫力があるが、自由な海を阻むものと戦う構図も「波王の秋」同様で、もう少し新工夫が欲しかったところだ。それにしても「自由を阻止するものとの戦い」は、団塊世代の時代・歴史作家が好むテーマだなぁ・・・(笑)。海の広大さ、豊かさ、自由さなどは気持ちよく描けており、標準以上に面白い傑作ではある。


絶海にあらず〈上〉

絶海にあらず〈下〉







エキシビション終わる・アザレア
051218

グランプル・ファイナルのエキシビションの放送があった。競技が終わった後の楽しいフィナーレだ。浅田のトリプルアクセルが見られるかと思ったが、これは失敗。それでも世界トップの15才が凄い。

そうしてまた、番組全体の運びのうすら寒いことも競技中継同様だった。日本人選手だけを放送席に呼んでインタビューというのもどうかと思うし、誕生日だという安藤に「ハッピー・バースディ・トゥ・ユー」とケーキというのも、見ていられないくらいに恥ずかしい。松岡修造と伊藤みどりをスポーツイベントに出すのは止めてくれ、と心底から願う(笑)。



ギフト用のシクラメン選びのお供で園芸店へ。この時期、盆梅や松やおかめ南天など、正月用寄せ植えの材料が並んでいて、年末らしさを思わせる。450円のアザレアを購入。大輪八重咲きのピンク色が、寒さをやわらげてくれるような気がする。元来は春咲きのツツジを鉢花用に品種改良し、更に促成栽培で咲かせているのだから不自然極まりないはずだが、冬の鉢花としては欠かせないものだ。花木だからわりあい強健だし(耐寒性・耐暑性は弱い)、株全体につぼみが付くので何とも豪華だ。







グランプリ・ファイナル終わる
051217

やった!浅田真央、15才にして世界一である。可憐さと完璧なジャンプを武器にしての快挙だが、15才だからできる怖い物知らずもあるだろうか。失速した安藤も、2年前くらいに現れた時には天才少女だったのであるが、このところ伸び悩みなのだろうかと思う。頑張って欲しい。とりあえず中野のオリンピック出場は決まりだろうか。

あの放送のけたたましさについては昨日も批判を書いたが、スタジオも実況も「マオちゃん」を連発する気持ち悪さ。いい年した大人達が何を甘ったれているのだろうか。本来は冷静に「浅田選手」と呼ぶべきだろう。特に解説の伊藤は、妹弟子ということもあってか、全体に妙になれなれしい感じが不愉快だった。

男子のトリノ枠は高橋大輔で決定だろうか。イケメン魔術師という安っぽい惹句を付けるセンスがダサダサだと思うが、確かに容貌的には織田よりもハンサムかもしれない。やや嫌らしい感じがあって、ホストっぽく見えてしまうのだが・・・(笑)。

更新
リンク集近視治療・レーシック手術初心者ガイドを追加しました。







グランプル・ファイナル
051216

フィギュアスケートのグランプル・ファイナルが日本で行われている。女子では、世界のトップ6人の中に3人の日本選手がいるのだから凄いことだ。

期待の安藤は、ジャンプは難なくこなしたのに、スピンで転倒。スピンでの転倒はあまり見ない失敗だが、このせいで点が伸び悩みの感。明日のフリーで挽回できるだろうか。浅田の可憐な演技は完璧だ。男子も高橋、織田がいて頑張っているのが頼もしい。

それにしても!。どうして民放のスポーツ中継はこうけたたましいのだろう。まず司会の松岡修造が鬱陶しい。門外漢が要らぬ茶々を入れている感じがする。そして解説の伊藤みどりのうるさいことうるさいこと。自分の知っていることはしゃべらずにおかないという感じだ。

いろいろと批判の多いNHKではあるが、淡々とスポーツそのものだけを中継するなどはやはり真骨頂だ。NHK杯の解説は、男子は五十嵐文夫、女子は佐藤由香か柳沼純子で、技術的な部分を的確に解説している。

そういえば、NHK民営化論があるようなないようなことが新聞に出ていて、巨大民放がもう一つ誕生することに民放側が戦々恐々としているような感じだった。公共放送と民放で棲み分けたいというところらしいが、放送を司る総務省のトップが「郵政民営化の鬼」だから、安閑とはしていられないのではないか(笑)。

民放側が言うとおり、NHKでしか出来ないことというものがある。視聴率を気にせず、費用を掛けたドキュメンタリーなどに真価が発揮されるが、スポーツ中継も同じなのだろう。







オストアンデル?・四十七人の刺客
051215

寒い。12月中にこんなに寒いなんて冗談みたいだ。車は氷結しているし、パンジーは霜枯れてしまった(これは、温度が上がれば溶けて復活する)。

この寒さの元凶は「北極振動」であると新聞に出ていた。北極の冷たい空気が放出されているらしい。天気予報の解説では、暖かい空気に押されて出てきた寒気と言うことだった。

そこで思い出すのが「オストアンデル現象」である。漢字で書けば「押すと餡出る」。上記のような現象のことを日本の気象学者が名付けたものだったと聞いたように思うが、ウェブ検索してみてもそれらしいものは出てこない。出てくるのは菓子関連など、よく分からないものばかり・・・。どこまで信憑性があるのだろう。




昨日12月14日は赤穂浪士討ち入りの日である。NHKの「その時歴史が動いた」でも日本人が大好きな忠臣蔵ということで採り上げていたらしいが、歌舞伎は見ないし、実はそんなに興味はない。小説の題材として時折目にする程度だが、新しい忠臣蔵として話題を呼んだ「四十七人の刺客/池宮彰一郎」は面白かった。謀略小説として描いているのである。ハードボイルドな展開が実にスリリングだったが、この作家、後に剽窃騒ぎを起こしてしまったのが残念である。

四十七人の刺客〈上〉
四十七人の刺客〈下〉







ロック誕生50年
051214

NHK-BS2で「ロック誕生50年」という番組をやっている。そんなに詳しい分野ではないが、中高時代にはそこそこはまった音楽でもあるし(キッスとかクイーンとか)、興味はあるのだ。

第一夜はプレスリーやビートルズで、これはパス。嫌いではないし、好きな曲もあるが、あまりに古すぎて、青春の音楽であるロックとしては同時代性を持たない。やはり団塊の人たち向けなのだろうと思う。と言うより、この番組自体、この年代を対象にしているような気もする。

で、昨夜の第二夜の途中からを録画しておいたのだが、プログレ(ピンク・フロイド、イエス、EL&Pなど)やらイーグルスやらキッスやらクイーンやらブルース・スプリングスティーンやらで、プログレを除いては「青春の音楽」だった(笑)。でも「王様」が出ていたのが何だかなぁではある。

イーグルスの代表曲「ホテル・カリフォルニア」には思い入れが多い。一時期寮生活をしていたのだが、同室の男がイーグルスマニアで、こればかりを聞かされていたのである。哀愁に満ちて抒情的な名曲だとは思うが、当時は食傷したものだ。

余談だが、ホイチョイプロダクションのベストセラー「見栄講座」の中に、この曲が流行した当時の遊び人たちは、一曲(約7分半)のあいだに第三京浜を走り抜けられるかを競っていたというようなことが書いてあった。150km/hをキープすれば可能だろうか。

今夜はセックス・ピストルズやクラッシュなどが採り上げられるそうだ。パンクは、まったく馴染まなかった分野であるからこそ興味が湧く。クラッシュには「ロンドン・コーリング」という名盤があるそうだ。

そういえば、ブルーハーツもパンクになるのだろうか。青春の哀愁をあっけらかんと明るく歌って気持の良いバンドだった。同時期の尾崎豊にはまったく興味が持てなかったが・・・。彼が登場してきた時には自分自身が二十歳を過ぎていて、大人や社会への抵抗を歌う姿勢に親近感を持てなかったせいもあるが、何より弱さをメッセージにするところが嫌だった。今でも人気があるようだし、ファンの方がおられたら申し訳ないm(_ _)m。







サキソフォンという楽器
051213

モダンジャズで使われるサキソフォンは、嫌いではないがやや苦手だ。激しいソロプレイでは、キーの開閉やら飛び散るしぶきの音まで聞こえてきそうで腰が引けてしまうのである。で、ジョン・コルトレーンとかソニー・ロリンズとかの大御所はつい忌避してしまうのだが、もちろん、スイングやクラシックやラテン音楽で使われる場合はこの段ではない。甘く官能的な調べに酔いしれてしまう。

マンボにおいては、独特の享楽感を醸し出すのにサックスが欠かせない。ちょっとお気楽な感じの調べを聞かされた日には、何ともパラダイスな気分になってしまう(笑)。パキート・デ・リベラなんて亡命キューバ人サックス奏者もいるが、ラテン音楽にはサックスがよく似合う。

サキソフォンは、ベルギー人のアドルフ・サックス教授が開発したクラシックの楽器である。我が国ではトルヴェール・カルテットという最強の四重奏団があり、昨今は「トルヴェールの惑星」が楽しい。ホルストの「惑星」をアレンジし、ここに原曲にはない「地球」などの惑星を加え、楽しくきらびやかで荘厳な曲に仕上がっている。

昨年の夏、隣の区の公共ホール主催の低料金のコンサートがあり、喜んで聞きに行ったが、「猛暑の昼間に涼やかな音色でいやされよう」などという目論見は吹っ飛んでしまう熱い演奏だった。演奏中に震度4の地震があったのも印象深い(笑)。


因みにトルヴェールとは吟遊詩人のことだ。スペイン語ではトロヴァドールであろう。先日訪問させて頂いた「ZERO STEP」の管理人さんは、トルヴェールの研究がご専門らしい。中世の我が国での遊芸人同様、非定住民の扱いだったらしく、そのあたりの記述が興味深かった。







青い空/海老沢泰久
051212

幕末・明治初期の宗教政策に翻弄させる青年を主人公にした時代小説。同時に当時の宗教政策のいい加減さを綿密に描いていて、司馬遼太郎の手法を思わせる。小説以外の情報が羅列されて、その辺やや鬱陶しいが、新しい知識を得ることが出来た。また、青年の流転の人生模様が波瀾万丈だ。

主人公の藤右衛門は、転びキリシタンの子孫であり、5代先まで監視・差別の対象になる「類族」である。寺請制度のために、たびたび布施をしなければならず、そのために肥え太る僧侶や侍を恨んでいるものの、己ではいかんともしがたい百姓だ。親友が巻き込まれたトラブルの解決のために、ろくでなしを殺して国抜けを敢行、新たな人生に踏み出すことになる。関所破りを繰り返す途次、従者に死なれた商家の夫人を助けたことで、そのまま従者になりすまし、宇源太と改名、無事江戸にたどり着くのである。

剣術道場の下男となった宇源太は、本居宣長・平田篤胤の国学に傾倒している神主の息子塚本と親しくなる。その説くところの純粋の国学・神道に啓蒙されるのであるが、このことから流転の人生に放り込まれることになる。さまざまな行く立てがあるが、とにかく希望を感じさせる結末に至ってはいる。

とにかく幕末・明治初期の宗教政策がめちゃくちゃである。寺院に身元保証をさせる寺請制度については教科書的な知識はあったが、この寺請証文を貰うために庶民にとっては大枚を支払わなければならない。親の忌日や花祭りに参詣し、そのたびに布施を支払うのである。寺は肥え太り、坊主は俗悪なばかりである。

思えば、父方の本家筋では、墓参りのたびに寺になにがしかを包んでいっていたし、仏事の時に坊主が偉そうな説教を垂れたていたが、要するに江戸時代からの伝統なのだ。

国学というのは穏健右翼な国粋主義だと思っていたが、ここに儒教的な精神はなく、儒仏をともに排斥しているのだそうである。これに儒教的な精神を加え、尊皇攘夷に仕立てたのが長州あたりの主張らしい。明治維新後は、国家神道を推し進め、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れたことは知っていたが、熱心な仏教徒にまで神道式の葬儀を押しつけ、寺請の代わりに神社請を作ろうとしている。思想に取り憑かれた権力というのは厄介なものだ。

寺請にしても国家神道にしても、権力と宗教が結びつくとろくなことがない。自分自身は無宗教な人間だが、山川草木すべてに神が宿っているという日本的なアニミズムは好きだ。 御利益などとは関係なく、社があればちょっとだけ敬虔な気持になるような、そんな存在が望ましいと思う。

著者は國學院を卒業し、折口博士記念古代研究所勤務を経ているそうなので、この小説に書かれていることは史実なのだと思う。新たな知識が得られた反面、物語が読みたい者としては、情報の羅列が鬱陶しくもあるのだが・・・。

この作家、私にとってはスポーツ小説の人というイメージだった。「監督(広岡を主人公にした野球小説の名作!)」「F1 地上の夢」というような著作がまず思い浮かぶのだが、元々こういう方面の出身の人だったんだなぁ・・・。







赤い翼
051211

昨日、NHKスペシャル「赤い翼」を見た。モーター・パラグライダーを操るカメラマンが、ハイビジョンカメラを身につけて、タクラマカン砂漠やら、天空のサファイアと呼ばれる青海湖やらの上を飛行しながら撮影したものである。

砂漠の地面スレスレを飛ぶ迫力のある映像などは、飛行機やヘリコプターでは撮れないようなものなのだろう。風紋や砂丘の稜線がどこまでも続き、立体感を失って脳がグルグルしてくるような感じだった。

青海湖では湖面を飛んで、美しい青を見せてくれたし、更に地上数百メートルの高度(標高3千8百mとか)まで上がって、雲の中に入ってみせた。もうほとんど宮崎アニメの世界である。そういえば「赤い翼」というタイトルも「紅の豚」を思わせた。

それにしても、むき出しで風を切りながら空を飛ぶのはかなり怖いことに入るのではないか。確実に外部と隔絶された高所からの眺望なら嫌いではないが、例えばスキー場のリフトのように、20mくらい下があってむき出しというのはかなり怖い。飛行機ならOKだが、足元からすぐ下が見えるようなヘリコプターには乗りたくない(乗ったことないけど)。それを思えば、座席むき出しの軽飛行機とかモーター・パラグライダーなどもやはり恐怖の対象である(笑)。

余談だが、朝のドラマ「風のハルカ」のオープニングの映像が不思議だった。湯布院をの映像だろうが、湖面スレスレから急に高いところに上がったり、クレーンカメラであんなに大きく動けるものだろうかと思っていたのである。もしかしたらCGでつなぎ合わせているのかと思ったりしたが、昨日の番組と同じような撮り方をしているのかもしれないと納得がいった(正解かどうかは分からないのであるが・・・(汗))。







ザ・ダークネスとかオジー・オズボーンとか
051210

昨夜、眠れぬつれづれに渋谷陽一センセのロック番組を聞いていた。ロックはあまり詳しい分野ではないが、寝しなに聴くハードロックは妙に安らいだりする。いわゆる「癒し系」は、実は心が落ち着く分だけ余計なことを考えてしまい、逆に不安になったりすることが多々なのだ。

で、ザ・ダークネスというバンドの2ndのレビューをしていた。このバンド、ややハードで親しみやすいメロディラインや美しいコーラスワークがクイーンみたいだと思っていたら、プロデューサーが同じだったのだ。1stが本人たちの思惑以上に売れてしまい、バタバタと混乱した中で制作した2ndをある程度評価しつつも、早くもB級バンドだったことがあらわになったという紹介は、誉めているのかけなしているのか(笑)。

オジー・オズボーンの新譜「アンダーカバー」のレビューもあった。過去のロックの名曲をオズボーン風にカバーしたということで、キング・クリムゾンやジョン・レノンがオリジナルの曲がかかったが、レノンの「ウーマン」が、アレンジも歌い方もあのままでカバーしているのだから相当不気味である(笑)。

キング・クリムゾンがオリジナルの「21st・センチュリー・スキゾマン」は、プログレの精神性をはぎ取り、単なるヘヴィーメタルに仕上げてしまったということだが、彼の場合、もう存在そのものがヘヴィーメタルなのだろうか(笑)。







植物病院で思い出す・寄せ植え研究家
051209

「植物病院」という記事を新聞で見た。病虫害や衰弱の症状に対して、対処法の指示や投薬処方などを行う施設を目指すと言うことで、来年、東大に研究室が開設されるらしい。

これで思い出すのが、宮沢賢治の「植物医師」という戯曲である。子供の頃に読んだ宮沢賢治の作品集に収められていたもので、子供心にはさほど面白いものとは思えなかったが、やたらと印象に残っているのである。主人公は「にさつたい ただし(漢字は失念)」という名で、この風変わりな名にもインパクトがあったのかもしれない。

にさつたい医師は、植物の病気を診ますという触れ込みで農民相手の診療所を開設し、来る客(患者?)来る客全てに硫安なる薬物を処方する(おかげで硫安という音をすっかり覚えてしまった(笑))。かなり藪医者であったらしく、稲が枯れたと怒鳴り込まれたりするのだが、落語に出てくる葛根湯医者(どんな病気にも葛根湯を出す)という感じだ。宮沢賢治は農業指導をしていたから、自分を重ね合わせた一編だったのだろうか。

今、硫安について検索してみたが、硫酸アンモニウムという窒素肥料だった。窒素・リン酸・カリは三大肥料で、それぞれ葉肥やし・花肥やし・根肥やしだったと思うが、病気で弱っている植物に肥料をやるのはいかがなものか、と素人でも思う(笑)。

ところで、樹木医という実際の分野がある。経験を積んだ植木職人が更に研修を受けて認められる公的な資格だったと思うが、いっとき、通信教育講座で「樹医」という広告を見た。その講座独自の民間資格であるというようなことが小さく書いてあったと思うが、こういうのはどうなんだろう(笑)。



ガーデニングブームもすっかり終わったようで、近くに出来ていた大手種苗会社のガーデンセンターも閉鎖された。恩恵はそれなりに受けていたし、園芸ファンが増えるのは嬉しいことだったから、ブームの終焉は寂しい話ではある。それと共に、園芸番組でよく見たにわか園芸研究家もあまり見なくなったように思う。いかに飾るかを追及するこれらの人々を私は寄せ植え研究家と呼んでいたが、やはり必要がなくなったと言うことか。







複合プリンターに四苦八苦・・・
051208

HPの低価格複合プリンターPSC1510を購入してみた。ウィンドウズ98で使えると言うことなので、こりゃいいと思っていたのだが、届いてみたら最小条件に128MBのメモリという文字が・・・。

今時64MBという非力PCを使っているので、おびえつつインストール。一応インストールは成功して、印刷は出来たのだが、画像のスキャンが出来ない。サポートに電話したところ、一度アンインストールしてから再インストールと言うことで、ファックスで詳しい説明が送られてきた。

しかし、レジストリの削除などこの手順が複雑で、デバイスをつながずにスキップすべきところでつないでしまった。更にUSBコネクタ自体を他の機器のものと間違え、うんともすんとも反応しないPCに頭が真っ白に・・・(笑)。

再度サポートに電話したところ、結局非力PC故に完全なインストールが出来ないと言うことで、最小構成のドライバをウェブサイトからDLしてインストール。しかしデスクトップにアイコンが出ない!。スタートメニューにもなく、スキャンするにはどうしたら良いか分からず、再びサポートへ。ワードとか画像ソフトのスキャンを利用すると言うことが分かり、試してみたら、何度かのエラーの末にスキャンに成功した。楽しいなぁ・・・(笑)。

メモリを増設すれば良いのだが、経年劣化のPCにこれ以上投資するのもあれだし、新品を買うほどの余裕もなく、だましだまし使うしかなさそうだ。まぁ、年賀状用に購入したものだし、印刷が出来れば良さそうなものだが、そこはそれ、折角付いている機能が使えないのも悔しい(笑)。それにしても印刷の静粛性にびっくり。以前使っていたものとは随分な違いだ。







魔法飛行/加納朋子
051206

「ななつのこ」の続編。女子大生入江駒子の手紙によって謎が提示され、謎解きの返信があるという形は「ななつのこ」と同様だ。今回もあまり物騒な事件はなく、楽しく優しい世界に仕上がっているが、時々挿入されるストーカー的な謎の手紙によって、全編にサスペンスフルなトーンが流れている。

「秋、りん・りん・りん」駒子に意地の悪い振る舞いをする、見知らぬ若い女子大生は、何故出席票に違う名前を書いたのか。それなのに何故食堂に一緒に行こうと誘ったのか。論理的な謎解きにカタルシスを感じる一編。

「クロスロード」ひき逃げ事故のあった交差点に、被害者の父親である画家が息子の肖像画を描いたが、その絵は何故白骨化してきたのか。謎解き自体はさほど難しくもないが、駒子の友人の「たまちゃん」を通して、芸術家の焦りのようなものが浮き彫りになった。

「魔法飛行」駒子と共に学祭の受付に座ったリアリストの友人野枝の幼なじみ卓見は、UFOマニアであり、野枝から冷たくあしらわれている。「不思議」を狂言回しにして、素直ではない男女の心理を楽しく描いてみせていると思う。

「ハロー、エンデバー」メインのストーリーについてはネタ晴らしになるので一切書けない(笑)。タイトルは、スペースシャトル・エンデバーに乗り組んでいた毛利衛さんと故郷の子供たちとの交信を見ていた駒子が、「ハロー、エンデバー」という子供たちの呼びかけをドキドキしながら見守っていたことに因むもの。この交信の合い言葉を自分の人間関係に当てはめて考えているのだ。なんて感傷的で気持ちよいエンディングだろう。









NHK杯エキシビション
051205

昨日、試合後のエキシビションも見ることが出来たが、上位選手たちによる力の抜けた演技は本当に楽しめるものだった。安藤のジャンプ、中野の高速スピン、村主の表現力、高橋の軽快さ、織田のしなやかさなど、これだけ粒が揃うとはかつての日本フィギュアでは考えられなかったことだ。

20年以上前の日本のフィギュア界は、ジャンプがそこそこできれば、という選手ばかりだったように思う。表現力はかけらもなく、スピンは軸がずれてばかりという感じで、それでも国内では一流と言うことになっていた。

伊藤みどりが登場し、高さのあるスピンを飛んでみせて観客を沸かせたのが20年くらい前か。やっと世界に通用する選手が登場した。それでも、ジャンプ以外の要素は劣っていて、海外の選手にくらべれば見劣りしたものだ。

10年前に本田武史が現れ、更に女子では荒川、村主と、国際大会に通用する選手が育ってきた。それでも、まだ子供の域を出ておらず、トップを取るにはやや力不足だった。荒川、村主などは、数年前から目を見張るような活躍を見せ始めたのである。

そして、昨今のような隆盛を見るようになった。ジャンプは飛べる、表現力は高い、スピンは早くてぶれない、国際大会で優勝するなど、まるで夢のようだ(笑)。

ドン・ウィンズロウの小説の主人公にバレーが好きなスパイがいて、バレーのことをスポーツと芸術が融合したものだと述懐していたのだが、フィギュアスケートが正にそうだと思う。氷上の優雅な戦いなのだ。日本がその一画を占めるようになるとはなぁ・・・。







NHK杯終わる
051204

フィギュアNHK杯終わる。シングルの男子・女子とも新鋭が登場して喜ばしいが、男子の結果はいかがなものか。

ショートプログラムでは健闘したが、フリーでは転倒・スタミナ切れでボロボロだった織田信成の優勝なのである。結果2位のライザチェク(米)のフリーが完璧だっただけに気の毒だ。まぁ、ショートプログラムでのポイント差というのもあるのだろうが、それを言えば、SP1位の高橋は、結果でライザチェクに及ばなかったのである。織田の出来も似たようなものだったと思うのだが、それでフリー2位なのである。ま、審査員(プロフェッショナル)の目から見れば、また別なのだろう。地元贔屓ではなかったと思いたい。

本田のフリーは、出だしこそ良かったものの、故障が治りきっておらず、またスタミナ切れもあり、結果を出せないまま終わった。パフォーマーというのは、最高の芸が出来ない限り観客の前に出るべきではないと常々思っているのだが、この場合は別だ。この10年、一人で頑張ってきたのである。惜しみない拍手と沢山の花束が贈られたが、健闘を讃える思いは同じだったろう。

このあとは、試合後のお楽しみエキシビションである。競技の重圧から解放されて、各選手が伸び伸びと滑ってみせるショータイムだ。







NHK杯始まる
051202

フィギュアスケートのNHK杯が始まった。毎年のことだが、これが始まるともう年末だなぁと思う。一年納めの九州場所も終わっているし・・・。

何と言っても期待は安藤美姫だが、SPは出遅れて4位。明らかに調子が悪かったが、一番滑走が緊張したと言うことだ。先日の「学校へ行こう」なんぞに出演していたが、バラエティ番組で遊んでいるからだ!などと嫌味の一つも言っておこう(笑)。明日のフリーは是非4回転で挽回して欲しいものである。

男子は本多武史一人で引っ張ってきた感があるが、ここに来て高橋や織田が登場してきた。競う相手がいた方がお互いに伸びるはずで、女史は層が厚かったが、本多は大変だったろうなぁと思う。今季でアマチュアは引退らしいが、是非有終の美を飾って欲しいものだ。

それにしても、女子の方は、中野や浅田など後から後から新鋭が登場してくるので楽しみでもある。今日、初めて中野の演技を見たが、勢いがありすぎて優美さに欠ける感があった。フィギュアの動きは曲線を作ることで美しさを醸し出していると思うのだが、彼女の場合は直線的なのだ。ジャンプの時の足がイヤミのシェー!みたい(笑)。アメリカのサーシャ・コーエンも有力選手だが、やはり優美さには欠ける選手だ。貴乃花の四股のように一直線のスパイラルなど、かなりアクロバティックに見えてしまう。スパイラルは美しい曲線を作るのが花だと思うのだ。荒川の演技はすべてが美しい。

現在のフィギュアは、優美さもジャンプも出来て当たり前、それに加味するプラスαがないと上には行けないように思う。それぞれ特色を持った選手が出てきて、楽しみだなぁ・・・。伊藤みどりしか有力選手がいなかった20年ほど前を考えると、ファンとしては夢のようだ(笑)。

それから、「男のフィギュアファンは皆、女子の姿態が楽しみなのだ」と愚劣で馬鹿げたことを書いているメルマガ配信者がいたが、自分自身が下劣だから他人様もそう見えてしまうのだと弁えなさい、オッサン何とか!。







剣―新陰流を創った男、上泉伊勢守信綱/海道龍一朗
051201

ブログに掲載済みだが、新潮文庫の新刊に入ったので再掲載など・・・(汗)。

新陰流を創始した上泉伊勢守信綱の生涯を描いた時代小説。自分的には2004年度のベスト3(順位なし)に入る作品なのだが、世間的には今ひとつ評価が低いのが惜しまれる。

上州の小領主の次男として生まれた源五郎は、松本備前守の下に修行に出され、厳しい修行を己の糧としてたくましく成長するが、兄の急死により家を継ぐことになる。

源五郎は、二人目の師として愛洲移香斎に教えを仰いだ。剛直の剣を教えた松本備前守に対し、愛洲移香斎の陰流は相手の陰を写すことを旨とする柔の剣であり、この二つを合一して新陰流が生まれる。飄々として時折悪戯っ子のようになる愛洲移香斎がなかなか魅力的だ(関係ないが、金庸の作品に登場する老頑童というキャラを思わせる(笑))。

乱世の小領主として動乱に巻き込まれ、何度かの危機を凌いだ上泉信綱だが、武田の侵攻の前についに降伏し、臣従を求められてもこれを拒絶、一兵法者として生きることを決意する。信玄は仕官を拒絶され一度は怒りを見せるが、理解を示しつつ己の度量も見せつける、この場面が見事だ。どっちもかっこいい!(笑)。

廻国修行の旅に出た信綱は、高雅な少壮大名北畠具教のもとに身を寄せ、意気投合するが、やはり仕官させたい具教に闘茶をしかけらる。茶席におけるやりとりに深奥さを感じさせて迫力がある。

物語の冒頭、具教に宝蔵院流槍術の胤栄と立ち会うように勧められ、副主人公の胤栄の生涯も並行して紹介される。胤栄は公家の血筋ながら火玉坊と異名を取る荒法師で、独自の槍を創始したこの男の来し方もまた痛快だ。

クライマックスの立合は、真剣のやりとりの凄みを湛えて迫力があるが、兵法の描き方はもはや彼岸を見るような精神的な境地になっており、完全に理解の外(笑)。

小領主、荒法師、大名、豪族と、立場は違えど、高潔な魂の男たちの精神的紐帯の強さが非常に心地よく、熱い魂のせめぎ合いが爽快な小説だった。筋立ては違うが、隆慶一郎の「一夢庵風流記」に近いものを感じる。

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